戦力化への関門

 王立精霊士学園の全校生徒が講堂に集められた。アウクシーリム学園長代行が壇上から語りかける。

「既に知っている者も多いでしょうが、我が国は今、戦争状態にあります」

 分かっている事でも改めて言われたので生徒たちがざわめく。

「宣戦布告も無しにリスティア軍が国境を突破、ゴーレム部隊を先頭に進軍しています。彼我の戦力差は大きく、状況は極めて深刻と言わざるを得ません。我が国の命運は、ここ数日で決まるでしょう。あとは、君たち次世代を担う少年少女が、この国を救う為に学んでください。たとえ占領下にあっても誇りは捨てず――」

「あの、負けた後の話を聞くくらいなら、僕は帰ります」

 割って入ったのは学園一の問題児、ルークス・レークタだった。

「僕のゴーレムには改良点が山ほどあるんです。負けた後の事を考えている暇はありません」

 学園長代行は咳払いした。

「気持ちは分かりますが、最悪の状況を考える事も大切です」

「負けてからの事は負けてから考えても間に合います。でも負けない為の事を考えるのは、今しか無いんです。負けてからじゃ遅いんです!」

「なら、君のグラン・シルフを戦場で役立ててはくれないか? それが祖国の為に君ができる最大の貢献なのですよ」

 完全に他人事な発言にルークスに怒りが噴きだした。

「教え子を戦場に送って、自分たちは何もしないんですか?」

「それは……私はさして役に立たないし」

「今日この日が来る事は予測できたはずです。使。で、学園は今まで何をしてきたんですか?」

 驚きのあまり「え!?」と大きな声を出したのはアルティだが、他の生徒たちも驚きざわめいた。

 ルークスがゴーレムに執着していたのは「趣味だ」と誰しもが思っていた。

 だが、今彼は「戦争に備えて」と言ったのだ。

 アルティはゴーレムマスターになれた夜の食卓を思い出した。ルークスは等身大ゴーレムを得るや「七倍級を目指した」ではないか。

 生徒が静まるのを待って、アウクシーリム学園長代行はルークスの問いかけに答える。

「生徒を教育して、人材を社会に送り出してきたと自負しています」

「でも必用なのは大精霊ですよね? グラン・シルフがいたところで、ゴーレムの数で押し切られます。でもグラン・ノームがいれば、四倍の敵にだって勝てます。だのに何故グラン・ノームの契約者が一人も、教師にも生徒にもいないんですか?」

「そんな簡単にはいかないことくらい分かるでしょう?」

「それが分かるくらい本気で取り組んだんですか?」

 アウクシーリム学園長代行は、土精科に振った。土精科の科目主任ブランディーリが渋々言う。

「やったが、無理だった」

「なら、専門か、本気の、どちらかが嘘だったんですよ」

「そ、そんな事、他人に分かる訳がない!」

「死にかけました?」

「何だって?」

「命を賭けない本気なんて本気とは言えません。下心込みで行ったところで見透かされるだけです。嘘つきの人間が精霊の信頼を得たいなら、行動で示すしかないんです」

「き、君はやった事があるのか!?」

「ノームに訴えようと地面に穴を掘ってこもったら、生き埋めにされました」

 知っている者はごく一部なので、ほぼ全員が驚いた。

「死にかけてもノームとは友達になれませんでした。それは相性が悪いからです。でも先生は専門なのだから相性の問題は無いはずです。それでできないって言うなら、本気が嘘だからです」

「き、君だって、グラン・シルフは命がけじゃなかっただろ!?」

「父さんは命がけでした」

 土精の科目主任が息を飲んだ。専門家なのに知らないので、心底ルークスは呆れた。

「知らないんですか? 父さんはグラン・ノームと契約した経緯を報告しています。その報告書が学園に来ていないなんてありませんよね? だって、この学園は大精霊契約者を育てる機関ですよね? だのに知らない? 土精の専門家が、揃ってグラン・ノーム契約のいきさつを知らない?」

「ルークス!」

 制止の声を発したのは、亡父の元部下マルティアルだった。

「教師を責めないでやってくれ。親父さんの報告書は、ランコー学園長が握り潰したんだ」

 アウクシーリム学園長代行さえそれには驚き「まさか!」と大声を出した。

「俺が赴任したとき、土精科の教師が誰も知らないんで驚いた。で、学園長に聞いたら『今度それを口にしたクビにする』と脅された。隠した理由は『危険だから』だそうだ」

 だが生徒の間で「レークタ法だ」との声がしきりに飛んだ。精霊と友達になる事を、否定するのがランコー学園長の教育方針だったから。

「一応言っておくが」

 マルティアルが追加する。

「当のドゥークス自身が部下に真似する事を禁じた。とても危険だからだ。だから報告書にして、軍から専門家に改良するよう働きかけた。それをするのが王宮精霊士室なり、この学園なりの、専門家の役割だと俺は思っているが」

 専門研究から遠く離れた実技だけやらされてきた平民教師の、ささやかな反抗である。

 黙り込んだ土精科主任に代わり、アウクシーリム学園長代行が言う。

「過去の事を悔いても仕方ありません。今後はその研究を土精科が取り組むと言う事で、今できるのは――」

「危険でもやれば良いじゃないですか!」

 ルークスは怒鳴った。

「生徒を戦場に送るのなら、自分だって命くらい賭けられますよね!? だって祖国の為・・・・なんですから」

「それは……各教師の判断で行われると期待します。だがそれとは別に、グラン・シルフは出してはもらえないか? たった一基のゴーレムを加えるより、遥かに戦力は増すのですよ」

「それで四倍の敵に勝てるんですか?」

「それは、難しいですな。常識的に考えて」


「常識で考えたら勝てないと分かっているのに、何故常識から外れないんです!?」


「「「「!?」」」」

 その指摘はアウクシーリム学園長代行のみならず、多くの教職員や生徒の胸に突き刺さった。

 常識では不可能だった「ノーム無しのゴーレム」を作った者の発言だけに、非常に重い。

 それだけに言われた側に「卑怯だ」との感情が湧き起こった。自分の無能さ、怠惰さから目を背ける一番の方法は、批判者を悪者にする事なのだ。

 ルークスは見切りを付けた。

「これ以上時間を無駄にしたくないので帰ります」

 議論より、自らの発言から得たとっかかりを見極める事を優先した。

(常識でない方法で作ったゴーレムなのだから、動かし方も戦い方も、最適解は常識の外にあるはずだ)

 椅子に座っているより歩いている方が頭が働くので、ルークスはゴーレムを連れたまま帰路についた。歩きながら様々なアイデアを出し、検討し、却下した。

 家に帰るまで続けたが、そうやすやすとは最適解は見つからなかった。


                   א


 ルークスが家に帰るとテネルが荷造りをしていた。手伝おうとしたら、アルタスが工房で待っているとの事だ。

 出入り禁止が解けたのかと思って工房に向かう。

 工房には新しい炉が据えられていた。ルークスの顔を見るやアルタスは開口一番。

「七倍級を作ってみせろ」

「え?」

「あれだけ形が違っては、専用の鎧が要るだろ?」

「そうだね」

 ルークスはゴーレムを連れて粘土山へと向かった。精霊たちは水を注いで粘土と砂を混ぜ、泥水で人型を作り、空気で膨らませて七倍級のゴーレムに仕上げた。

 そして工房へと戻る。

 遠目では見ていたアルタスも、間近で見るウンディーネの姿そのままの巨大ゴーレムには軽く唸った。

「寸法を測るから寝かせろ」

 職人たちが作業ゴーレムを使い、寝かせた女性型ゴーレムの腕や足に帆布を被せる。鎧で覆う部分にアルタスは黒鉛で線を引いてゆく。外形、分割線、留め具の場所など描き込んでゆく。

 胴体には被せきれないので、目盛りを付けたロープを渡して各部の長さを測った。

 作業を指揮するアルタスに、ルークスは行き詰まっている事を相談した。

「どうにも歯がゆいし、嫌なんだ。皆に戦わせて、自分が見ているだけなのが」

「それがゴーレムマスター、いや精霊使いだろ?」

「でも嫌なんだ。決闘でシルフを放ったときのモヤモヤが、今も胸に残っているんだ」

「主様、我らはお役に立てて嬉しいのです」

 ゴーレムがしゃべったので、アルタスも職人たちも驚いた。

 口の中の薄い水の膜を震わせる事で声を出せるようにしたのも、改良点の一つである。

「我ら三体、喜んで戦いますとも」

「でも僕は……自分は戦わずに友達に戦わせるのが嫌なんだ。だって、戦うと決めたのは僕なんだ」

 たとえ指示を与える方法が改良できても、戦わせる事への嫌悪感は拭えない。

 友達に嫌な事を押しつける罪悪感が、ルークスの心に重くのしかかっていた。


 鎧の大きさと形状が決まったところで、アルタスが言った。

「試しに着けてみろ」

 指したのはゲート脇にある可動模型に着けてある鎧だった。

 実践して初めて問題は分かるものだ、それが職人であるアルタスの考え方である。そしてその影響を一番受けているルークスは、すぐ理解して指示した。

 ルークスのゴーレムは指が細く関節も滑らかなので、自分で鎧を着け、革バンドを金具に留める事ができた。

「何度驚かされるか分からんな」

 と、アルタスは覚悟した。

 足はかなり余るが着けられた。鎧は大きすぎて肩が出ない。兜も緩い。腕を着けた所で問題が出た。

「主様、重いとリートレが言っています」

 手甲から前腕当て、上腕当てと着けると重くて腕が上がらない。腕が細いので余るのは仕方ないが、重さは問題だ。

 無理に右腕を上げると、肩から千切れて落ちた。手甲などが大音響を上げる。

 泥水に戻った腕は足から吸収され、また腕が生えてきた。

 職人たちは呆気にとられたが、アルタスは額を叩いて笑った。

 ゴーレムは再度着けようとするが、肩が鎧の内にあるので腕の自由が利かない。

 それを見てルークスは閃いた。

「鎧に合わせて膨らまないかな?」

 鎧が合わないなら、体型の方を合わせてしまえば良い。

 すぐに返事が出た。

「外枠があるので可能とリートレが言っています」

 ゴーレムの全身が膨れ、鎧に貼りついた。顔も兜いっぱいになり、外見は普通の戦闘用ゴーレムとなった。もっとも、水の量は同じなので力不足は変わらない。

 アルタスたちが何度目かの驚愕に襲われているのを尻目に、ルークスは改良を指示した。

「上腕当てを外そう」

 それで多少は軽くなる。

「それと腿当ても。攻撃されやすいのは胴体と頭部、前腕と臑だから」

 軽量化したところで動いてもらった。歩く、腕を上げる、などは普通にできる。

 倉庫まで歩かせ、外にあった武器を持たせた。戦槌は重く、普通のゴーレムの様に片手では振り回せない。両手で持つしかないが、そうなると盾が持てない。

 精霊たちは模擬戦でゴーレムの動き方は見ていたが、やってみるとかなり勝手が違い、困惑した。

「武器が重いそうです」

 クッション付きの杖は軽い。ゴーレムが片手で戦槌を振り回すので、その動きができるよう軽くしてあるのだ。しかしこのゴーレムは片手では戦槌を扱えない。

 学校では剣技も教わるが、片手剣と盾だ。両手武器の使い方を精霊たちはもちろん、ルークスも知らない。

 なおさら三人を戦わせる事に、ルークスは罪悪感を抱いた。


                   א


 侵略初日、国境を突破したリスティア軍は進軍速度を上げることなく、国境付近の砦や柵などの防御拠点を念入りに潰した。

 向かえ撃つゴーレムがいないので、リスティアのゴーレムはパトリアの国土を我が物顔で蹂躙した。

 リスティアのゴーレムは兜の口元に上向きの牙があるのが特徴だ。オーガを模したのだが、猪を思わせる出来映えなので他国からは「ボアヘッド」と呼ばれている。

 リスティアの将兵や将軍たちはそれが不満だが、大王が決めたデザインを修正するなど恐ろしくてできなかった。

 パトリア軍の斥候はゴーレム部隊と随伴兵が通過した後の国境に注目していた。

 正面戦力で勝ち目が無いなら、続く補給部隊を攻撃して敵軍の食料物資を枯渇させるしか道は無い。

 だが翌未明に後続部隊として現れたのは、騎士を先頭にした完全装備の軍団だった。

 その数二万。

 物資を輸送する補給部隊ではなく、侵略軍の本隊であった。

 そして戦闘ゴーレム無しで二万の軍勢を止める戦力など、今のパトリア王国には無かった。

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