第八章 ゴーレムライダー誕生
重なる絶望
巨大ゴーレムの出現がきっかけで、各国の軍は様変わりした。
従来は王や領主、騎士が自前の兵を引き連れる他、傭兵で数を揃えていた。
しかし巨大ゴーレムの前には、これらは障害物にもならない。戦場の主役はゴーレムで、勝敗は兵ではなくゴーレムの数で決まるようになった。
これにより指揮官と同じくらい重要となったのがゴーレムコマンダーである。本陣から離れる場合も歩兵と精霊士に厳重に守られる。
騎兵はゴーレムコマンダーを急襲するのが最重要任務となった。こうなると随伴兵は足手まといとなり、歩兵と騎兵が分離された。
また、武器を担いだだけの傭兵の価値は大暴落した。最低でも騎兵でなければ働き口は無い。各国が求めたのは、ゴーレムマスターである。
ゴーレムを迎撃する大型弩は荷車ほどもあり、矢も丸太を使うので運用にはゴーレムが不可欠である。射撃技術以上に作業ゴーレムの数が重視された。
戦闘ゴーレムの鎧の付け外し、道の補修などにもゴーレムは欠かせず、各国ともゴーレムマスターはいくらいても足りない状況だった。
パトリア王国の王立精霊士学園が、ノームと契約できる生徒を最優先に育成しているのも、ゴーレムコマンダーをはじめゴーレムマスターの需要が非常に高いからだ。
同国は他国に倣って軍の編成を見直した。領主ごとに動員するのではなく、王軍が一括して編成、訓練、戦闘を行うのだ。領主は動員と同等の費用と人員を供出する。
こうなると訓練された兵、特に特殊技能を有した兵は貴重となる。兵役を終えても軍は手元に残したいが、領主の民なので命令できない。そこで領主と取り引きし、動員数には入れるが給金は王が持ち、軍に残ってもらう制度を作った。
これが職業軍人である。平民ながら士官や下士官として軍の中核を担うようになった。
貴族は指揮官として分散配置され、随伴するのは身辺警護の少人数となった。
今では騎士団が唯一の貴族主体の戦闘部隊であるが、これは女王の直属で、軍とは別組織だ。
新たに編成された軍の最初の戦いが九年前のリスティア迎撃戦である。この戦いでは平民指揮官ドゥークス・レークタが戦いを決定し、戦争の主体が王侯貴族から平民へと変わる象徴となった。
א
騎士とは誇り高いもの。
戦場では堂々と名乗りをあげ、敵と一騎打ちして勝利の誉を得る。
たとえ敗れても、最後まで戦い戦場で果てるは騎士の本懐である。
そうした騎士の誇りを捨てる時が来た。
パトリア王国の騎士団は夜陰に紛れ、リスティア軍の野営地に接近した。音を立てないよう馬にタオルを噛ませ、金具を布で巻き、道を避け草地を進んで。
騎士団長フィデリタス・エクス・エクエス卿は周囲を見回した。味方は騎士も従者もマントを裏返し、黒い裏地を出しているので闇に溶け込んでいる。
雲は厚く、星はおろか月の光も遮ってくれていた。
前方に野営地が見える。各所に立てられた篝火が、うずくまるゴーレムを浮かび上がらせ、視界を遮るので全体は見えない。
だが此度は本陣を襲う必要は無い。敵将もゴーレムコマンダーも、見つかれば幸運程度だ。
この夜襲では、敵をできるだけ混乱させるのが目的である。
要は敵を叩き起こし、眠りを妨げ、疲れを回復させなければ良いのだ。
名誉とは程遠い、不意打ちによる
恥ずべき行為だが、騎士の名誉という「個人の事情」で主君を見捨てる事こそ、騎士の本分に反する。
騎士団は女王の直属、他の騎士と違い、所属騎士は女王陛下に忠誠を誓った直臣なのだ。
その女王陛下が窮地に陥っている。ならば汚れ仕事でも励むことこそ本当の忠義である。
そう部下を説得しての強行軍、そして夜襲である。
騎士団長に並ぶ精霊士の部下が小声で言った。
「敵のシルフに気付かれました」
味方のシルフが近づくシルフを妨害しているが、その行為自体が敵に接近を知らせてしまう。それでも時間が稼げるし、敵に先んじて行動できる。
もう少し近づきたかったが是非も無い。フィデリタス騎士団長は命じた。
「突撃!!」
雄叫びをあげた騎士団は一斉に馬を駆った。
騎士従者合わせ二百騎が野営地に突入する。
篝火を倒し、毛布にくるまっている敵兵を馬蹄で踏みにじり、立っている者は槍にかけた。たちまち血の臭気が野営地に広まる。
「敵だ!! 夜襲だ!!」
リスティア軍が声を上げた時既に、騎兵は全て野営地に突入していた。
騎士団は密集せず、各班ごとに分散して広範囲に野営地を駆け抜け、敵兵を襲う。
起き抜けの人間はまず動けない。寝ぼけてふらつく所を突き倒す。
警戒していたリスティア兵が散発的に反撃するも、馬の突進力が加わった槍の前には為す術なく、突き倒される。
留めは刺さず、逆に手加減して悲鳴を上げさせる。その方が混乱と恐怖が増す。
騎士団の各班は一直線に野営地を駆け、抜けたらそのまま離脱した。
敵に与えるのは損害ではなく、恐怖である。
その為には敵の被害の多さより、味方の被害の少なさの方が重要だ。
「向かえ撃て! 敵兵を逃がすな!!」
リスティア軍に迎撃の命令が下された頃には、パトリアの騎士団は既に駆け去っていた。
篝火が地面に落ちてくすぶる野営地には血の匂いが立ちこめ、負傷者のうめき声と、闇雲に命令する指揮官の罵声とが響き合った。
指揮系統が乱れ混乱する野営地で、敵兵が見つかった。矢を首に受けて絶命している。だが怒りに駆られた兵たちは死体を剣で滅多突きした。
それを将校が止め、死体を検分する。顔はズタズタにされ、胸も腹も穴だらけ。
ひっくり返して黒いマントをめくると、紋章の刺繍が見えた。将校は思わず叫ぶ。
「騎士団だ!」
パトリア騎士団の紋章が、裏返されたマントに鮮やかに刺繍されてあったのだ。
騎士団――敵の精鋭中の精鋭である。
だからシルフの警戒を破って夜襲を仕掛けられたのだ。リスティアの将兵たちは恐怖した。
夜襲がこの一回で終わるはずが無いと誰しもが思ったからだ。
何しろ、敵の損害はこの死体一人。そして味方はどれだけ死傷したか分からない。
騎士団の目論見どおり、リスティア軍は次の夜襲を恐れて必用以上の兵を警戒に当たらせた。
西の集結地に集まった騎士団は、各班ごとに人員を確認した。
フィデリタス騎士団長に、プレイクラウス卿が報告する。
「我が従者が一名、矢を受けて落馬。生死不明。脱落者はこの一名のみです」
「願わくば、即死である事を」
騎士団長に敗者を貶める意図は無い。生け捕りにされたら拷問の末に殺されるからだ。逃げられぬなら、敵の手に落ちる前に自害するよう命じてある。
しかもプレイクラウス卿は彼の長男であり、欠けた従者も良く知っていた。だが、この場では一騎士なので特に言葉はかけない。
脱落者一名の他、落馬した者は仲間に救助されている。負傷者は十名ほどで重症者はいない。
脱落者を救助できなかったプレイクラウス卿を責める者はいなかった。自分の背中を預ける従者を、助けられるのに助けない騎士などいない。
闇夜と混乱の中で、助けられた方が幸運だったと助けた者が思う。
何より彼の食いしばられた歯と、握り絞めた拳が、若き騎士の胸中を雄弁に語っていた。
「初日としてはまずまずである。皆、良く働いてくれた。予定どおり町まで後退。休息して明晩に備える」
次いで騎士団長は集結地で待機していた精霊士に、敵の野営地を教える。
ここからシルフを飛ばし、警戒する敵のシルフを妨げさせる作戦だ。これによって無駄な警報を出させ、敵兵の精神を消耗させるのが狙いだ。
国土を蹂躙する敵兵に安眠させない。それが騎士団の、今の戦いであった。
騎士団はまだ、敵本隊の侵入を知らない。
א
二日連続で未明に起こされた女王フローレンティーナは、ベッドで身を起こすのもやっとだった。
敵の本隊が、これから侵略してくるという衝撃的な報告を聞かされたのだ。
「道理で、ゴーレム部隊の進軍速度が遅かったわけですね」
ガウンを纏い侍従に導かれ謁見の間へ行く。
参謀長や将軍などの武官の他は王宮精霊士室長ぐらいで、文官はいなかった。人が少ないので手狭な謁見の間が、やたら広く感じられた。
ヴェトス元帥とフィデリタス騎士団長の不在も寂しさを増した。両者とも既に出陣し、騎士団は今頃敵と戦っているだろう。
大きなテーブルの前に据えられた玉座に女王が座るや軍議が始まる。
「敵本隊歩兵・騎兵など二万、国境を通過してゴーレム部隊に続いております」
プルデンス参謀長が地図に赤い積み木を二個置いて説明する。
「ゴーレム部隊は本隊の進撃を妨げる防御拠点を潰す、地ならしをしていたのです」
不安げな女王を見てか、参謀長は声を明るくした。
「お陰で我が軍のゴーレム大隊は有利な地に布陣できました」
国境と王都との中間地点に青い積み木を置く。
「ゴーレム戦は早ければ今日、遅くとも明日の見込みです」
「勝ち目を聞くのは、無茶ですね」
フローレンティーナが言うと、臣下は苦しそうに言う。
「敵は三倍、グラン・シルフにより味方の偵察や連絡が妨げられている現状、勝つ見込みは極めて薄いかと」
(せめてルークスがいてくれたら……)
そう女王が思ったのを察したか、参謀長が口にした。
「お恐れながら具申いたします。グラン・シルフを使える少年を動員しましょう」
「未成年ではありませんか」
「本人は何もしなくても結構。グラン・シルフを働かせてくれるだけで、我が軍の不利は大幅に減ります。ここは、ご決断を」
言葉に詰まる女王を助けたのは、老いた王宮精霊士室長だった。
「子供を無理やり戦争に参加させた汚名を、祖国に塗りつけますかな?」
「何をおっしゃる。祖国あっての事ですぞ」
「民はそう思いますまい。『領地惜しさに子供まで戦場に送った』と取る者は出ますし、そうリスティアが吹聴するのは確実です。我が国に非があれば、向こうは自己正当化に利用するまで。この様な汚名は敗戦より人心を乱すのではありませんかな? それこそ避けねばなりません」
「しかし、グラン・シルフによる不利さえ無ければ、万に一つは勝てる目はあるのです。それを無くしてしまうには――」
「確実に勝てるならともかく、非を行ってまで負けた責任はどなたが取られるのか?」
臣下同士の不和に、女王は居たたまれなくなった。
自分が迷っているせいだ。
どちらにも理はあり、どちらにも非がある。
「わ……私は……」
言葉が出てこず、震える手で王宮精霊士室長のインヴィディア卿を示すのがやっとだった。
戦争に勝利してくれた英雄を、この王城で死なせてしまった女王が、さらにその子を戦争に動員するなどできなかった。
(これは決して私意ではない。王としての矜持です)
そうフローレンティーナは自分の心を確認する。
そこに別の急使が駆けつけた。
「西の国境を、マルヴァド王国との国境をゴーレム部隊が突破しました! その数二十! リスティア大王国の旗印を確認!!」
フローレンティーナが血が一気に下がり、目眩を起こした。
「陛下!?」
倒れかかる女王を侍従が支える。その腕の中で、蒼白になった顔でフローレンティーナは切れ切れに言う。
「マルヴァドが……裏切ったのですね……」
「おのれ悪辣な! 西の隣国は北と手を組みましたぞ! 否、九年前からなのは間違いありません!!」
プルデンス参謀長の声が女王が脳内に反響する。他の武官も呼応する。
「いよいよマルヴァドが本性を現しおった!」
「リスティアに侵略させ、解放者気取りで乗り込む腹でしょう」
「宰相や公爵殿の言い分を聞いた結果が、この背信です!」
帝国包囲同盟が内部から崩されている。それを画策しているのが帝国なのは明々白々なのに、それに乗る国が二カ国も、パトリア王国と国境を接しているのだ。
「マルヴァドに、使いを送ってください」
フローレンティーナは決断した。
「使いには何と?」
「仲介を求めます」
「それこそマルヴァドの目論見ですぞ!」
参謀長が反対する。
「分かっています。分かっていますが、それしかありません。リスティアに占領され、国が失われるという最悪を避ける為には、マルヴァドの属国になるしか……」
「へ、陛下……」
武官たちが俯いて拳を震わせる。
属国になる条件として、向こうは四十歳になる第二王子との婚姻を蒸し返すだろう。
(身一つで国が助かるなら安いではありませんか)
それが強がりである事は自身が一番分かっていた。
「西には、インヴィディア卿、お願いします」
「かしこまりました。谷間に誘い込み、グラン・ウンディーネの力で撃破します」
「全てを破壊するのは無理でしょう。それでも時間が稼げれば。リスティア軍が蹂躙する国土ができるだけ少ない状態で、マルヴァドに介入してもらうしか、私たちにできる事は無いのです。今は、民を救う事を最優先にしてください」
前線の将兵が決戦に挑む前に、指導者は既に敗北していた。
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