凶報来たる

 無敵のゴーレム軍団。 

 二倍以上の敵ゴーレム部隊を全滅させたゴーレム大隊は、まさに無敵だった。

 天を衝くように屹立する巨大ゴーレムの数々は、幼いフローレンティーナ女王をこの上なく勇気づけた。

 部隊を率いたドゥークスは平民なのに、王族や貴族より遥かに頼りになる。

 彼こそ救国の英雄。

 フローレンティーナは彼を騎士にすると決めた。

 だが講和会議の最中、ドゥークスは夫人と共に暗殺されてしまった。

 彼の死を告げられ、幼い女王は取り乱した。父王を失って即位したばかりなのに、また頼れる人間を失って絶望したのだ。

 泣いている彼女の肩を抱いたのは、乳母でも侍従でも無かった。今日会ったばかりの、同い年の少年である。

 フローレンティーナに負けないほど、くしゃくしゃの顔をしていた。

 彼は慰める代わりに約束をしてくれた。

 父親に代わって自分が女王を守る、と。

 たった今、両親の死を告げられた少年が、約束してくれたのだ。


 フローレンティーナ女王が心を過去に飛ばしたのは、一瞬だったようだ。

 まだ暗い寝室、ベッドを囲むレースのカーテンの向こうに衛兵が跪いていた。

 彼がもたらした凶報は、若き女王の心を折るに十分だった。


 リスティア大王国のゴーレム百五十、随伴兵五千が未明に国境を突破した。


 さらに風の大精霊が敵方にいるので、偵察と連絡に支障が出ているとの事だ。

「予備役を入れても、我が国の三倍ですね」

 フローレンティーナは声が震えないよう気力を振り絞った。

「直ちに迎撃体勢を。予備役を動員、使えるゴーレムは全て使ってください」

 勝ち目は無いと分かっていた。土の大精霊を使えたゴーレムコマンダーがいない今、勝敗はゴーレムの数で決まる。予備役を入れても五十しかない自軍の敗北は必至である。

 敵の狙いは西の鉄鉱山と南の港、そして勤勉な国民。パトリアの全てを欲しているのだ。妥協などしてくれるはずもなく、敗戦はそのまま国の滅亡を意味していた。

(誰か助けて。この国を。私を)

 しかし泣き言は言えない。この国の主を、最後まで務めなければならないのだ。


                   א


 フェルームの町で夜明け前に神殿の鐘が鳴らされたのは、九年ぶりだった。その時と同じく鳴らされ続け、全ての住民を叩き起こした。

 シルフによる急報を受けた役人は町外れにあるゴーレム倉庫に馬で駆けつけ、封印を破る。ノームが抜けていた予備役の戦闘ゴーレムを、再び使う時が来たのだ。

 飛び起きたアルタスは工房へ走り、作業ゴーレムを立ち上げる。そこに役人が駆けつけた。

「アルタス! アルタス・フェクス! 倉庫でゴーレムの武具を用意してくれ!」

「どの国だ?」

「リスティアだ! こんな小さな国を襲うイカレ野郎は帝国以外に連中しかいない!」

 吐き捨てるように怒鳴ると、役人は隣の工房へと走った。

 起き抜けで駆けつけた職人たちもゴーレムを動かし、四人四基で倉庫へ向かう。

 倉庫には休止中のゴーレムの他に、武具も保管されてある。錆びないよう油を塗り布で包まれ念入りに養生されていた。

 アルタスらはゴーレムで布を剥ぎ、武具の油を落とし、一基分ずつ倉庫前に並べてゆく。

 そこに予備役のゴーレムコマンダーが次々とやって来た。

「くそ、勤め上げ直前に開戦かよ!」

「ぼやくな。くたばる前にリスティアのクソ共に、もう一矢報いられるんだ」

 嘆く者、強がる者、諦める者など四人四色で感情を表わした。勝ち目が無い事を一番理解しているのは、実際に敵と戦う彼らである。

 それでもコマンダーたちはノームを泥人形に宿し、ゴーレムを立ち上げてゆく。たとえ敗戦が決まっていようと、抵抗の度合いで講和条件は変わるのだ。祖国に少しでも有利になるよう、彼らは自分の責任を最後まで果たす覚悟で臨んだ。

 一棟の倉庫に十基のゴーレムとその武具が保管されてある。二棟二十基が予備役のゴーレムだ。

 地響を立てて倉庫から出てきた戦闘ゴーレムに、アルタスらの作業ゴーレムが鎧を装着する。戦闘ゴーレムの指は強度優先で武器と盾を掴むくらいしかできない。作業用の小型ゴーレムで革バンドを金具に留めてゆく。

 鎧や手甲、脛当て、サンダルなどを装着、かがませて兜を被せる。最後に補助武器の短剣を腰の後ろに着けて作業は終了だ。

 片方がツルハシ状の戦槌と凧型の盾を戦闘ゴーレムは左右の手に持った。日の出前の青みがかった世界を、ゴーレム大隊の駐屯地がある北に向かって一基、また一基と歩き出す。

 既に国境は突破されているだろうから、戦うのは北の平地だろう。そこまで歩いてゆくのだ。

 重すぎる戦闘ゴーレムを運搬する方法は無いし、武具も重量物なので、装備して歩くのが一番速い。

 コマンダーたちはゴーレムが引く車で後に続いた。

 四人が操る十二基のゴーレムを出し終え、ようやくひと休みである。

「王都からゴーレムコマンダーが来るまで休憩だ」

 役人の手配でパンとスープが支給される。

「長い一日になりそうですね」

 弟子の職人や同輩らと一緒に、アルタスは固いパンをスープでふやかしながら食べた。

「昨日の今日とはな」

 せっかくルークスがゴーレムマスターになれたと喜べたのに。

 七倍級のゴーレムを得た今、あの真っ直ぐな少年が敵軍に立ち向かうのは目に見えていた。何しろ両親の仇なのだ。

 止めるなどできない。いくら家族でも止めてはいけない事だ。

 かと言って死なせる訳にはいかない。友人の忘れ形見であり、息子も同然なのだ。

 しかし苦手な思考をどれだけ頑張っても「ルークスの好きにさせる」以上の答えをアルタスは出せない。

 その目に赤い光が飛び込んできた。朝焼けである。パトリアの運命を思わせる、血のように赤い朝焼けであった。


                   א


 戦争が始まっても未成年者はさし当たってやる事が無い。

 一部南に避難する者がいたが、南の港が敵の最終目標なのは自明で、避難先が占領されるのは時間の問題である。それに伝手が無ければ流民となるだけだ。

 故郷を離れ寮生活をする生徒たちは、実家に帰るか判断しかねた。シルフが使える生徒や貴族は実家に連絡したが、今の所は目立った動きは無い。

 結局普段通りに学園に来て、教室で不安な顔を突き合わせた。

「パトリアもこれで終わりか」

 ぼやくカルミナの頭を叩いたのは、クラーエではなくアルティだった。

「まだ諦めないの」

「でも、勝ち目はありませんわ」

 クラーエが突っ込む気力も無いからである。

「やっぱりそうなの?」

 アルティがヒーラリに尋ねると、情報通は眼鏡を曇らせた。

「リスティアのゴーレムは二百。対してうちは予備役を足しても五十。明日か、明後日には激突して、一基でも残れば御の字」

 いつもの「っす」も無く、具体的な数字を出して絶望感を深めた。

 既に始業時間だが、教師たちも情報不足と学園長代行の経験不足で、まだ対応を決めかねていた。

 中等部最高学年の教室で、手を叩いて注目を集めたのは級長のフォルティスだった。

「皆も不安になるのは仕方ない。だが、暗い空気はそれだけで味方の活力を奪ってしまう。少しは空気に逆らう事も覚えよう。例えば、彼などは参考になるはずだ」

 フォルティスは正面の教壇ではなく、教室の隅に立っていた。その理由は、端の席にルークスがいるからだ。

 一心不乱に石板に書き込み、消しては書き直している。思考を外部に出して、それを見る事で客観的に評価し、再構築しているのだ。

「彼は今、自分のゴーレムを改良する事に心血を注いでいる。別に彼を真似する必用はない。各自、今この状況で何かできる事が無いか、それを考えてはくれないか?」

「結局そいつは、自分のゴーレムの事しか頭に無いんだ」

 巨漢のワーレンスが野太い声で言う。フォルティスは穏やかに答えた。

「君も昨日、七倍級のゴーレムを見たはずだ。その意味するところは理解できるだろう? あれは戦闘用ゴーレムだ。だが、実戦投入するにはまだ課題がある。彼は今、その課題を乗り越えるべく頭を働かせているのだ」

「一基増えたところで勝敗なんて変わるものか」

「そうだろうか? その一基は、今まで不可能だと誰しもが思っていた常識を覆した一基だ。言わば奇蹟の一基。あの外見からしても、戦場に立てば味方の士気を高めるのは間違いない。さらにグラン・シルフが戦力に加わるのだ。これは大きい」

「そんなの、真似できないぜ」

「能力は真似できなくとも、姿勢は真似できる。今自分が何をできるか、それを考えてくれないか? この町は保管していた予備役ゴーレムを送り出せば、それでお役御免なのか? あるいは学園として何かできないか、考えてくれないか? この国を守る為に。我々の生活を、文化を、価値観を守る為に」

 フォルティスの檄で生徒たちにやる気が生まれた。

 ヒーラリは風精使いを集めて、独自に情報収集をしようと持ちかける。クラーエとカルミナはノームに相談に行った。

 一人アルティは置いていかれた。サラマンダーにどんな出番があるだろう?

 その間ルークスは考え続けていた。ゴーレムへ指示へ出す方法。それを飛び越して意思疎通する方法。戦い方を教える方法。そして戦いを望まぬ友達を戦わせる事への、嫌悪感を抑える方法を。

 自分は安全地帯に身を置きながら友達を戦わせるなんて、ルークスに生理的嫌悪を抱かせるくらい「やってはいけない事」なのだ。

 決闘の時も、シルフを放つのが嫌で嫌で仕方なかった。自分の手でゴーレムを壊した方が遙かに楽だった。

 だがどれだけ考えても、この精神的課題は他の技術的課題と違って解決の糸口さえ見つからなかった。

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