英雄の記憶

 アルタス・フェクスがドゥークス・レークタと出会ったのは二十年以上前である。

 巨大ゴーレムが戦場に現れたので、パトリア王国は国を挙げて戦闘用ゴーレムの開発を始めた。二十歳前後のゴーレムマスターが国中から集められたが、兵舎が足りず半数は王都のあちこちで下宿する事になった。

 アルタスと同じ下宿になったのがドゥークスである。共に二十前、若かった。

 アルタスは武具鍛冶の息子でゴーレムを使ってはいたが、戦争など知らない職人だ。一方のドゥークスは精霊士曹、現役軍人だった。

「騎士を目指していたら精霊使いになってしまった」と初対面の時笑ったものだ。

 当時はまだ知られていなかったが、ノームにも力の優劣があり、ゴーレムの大きさは主にノームの能力で決まる。

 アルタスのノームが三倍級で音を上げたのに、ドゥークスは十倍級ゴーレムさえ実現した。

 だが大きくなるほど重く扱いづらくなり、歩くと道を壊してしまう。後に各国とも七倍級が標準となるのは、道路や特に橋の荷重対策が限度だからだ。

 元々ドゥークスは複数のノームと契約していて、複数の作業を同時にできた。それもあって若くして指揮官になれたのだ。

 ゴーレムマスターとしても複数のノームが使える利点は活かされた。連携して動かし、複数で一基を攻撃する戦法を編み出した。この国でゴーレムの集団戦を確立したのもドゥークスである。

 戦争のせの字も知らないアルタスと違い、ドゥークスは部下を指揮する職業軍人である。他に指揮官経験者はおらず、必然的に彼がゴーレム部隊の指揮官となった。

 部隊が編成される前から指揮官に指名された同宿者と対照的に、三倍級が限度のアルタスは、本人も同僚も目は無いと見切りを付けていた。

 だが彼には一つ提案したいアイデアがあった。

 ゴーレムの武装化である。

 武具鍛冶のアルタスにすれば、ゴーレムを素手で戦わせるなど不自然である。しかし口下手で人付き合いが悪い彼は、アイデアを発表する機会を得られずにいた。

 その点ドゥークスは社交的で、他のゴーレムマスターから信望を得ていた。

 同じ下宿に住みながら、性格的も能力的も圧倒的に上のドゥークスにアルタスは引け目を感じ、アイデアの相談もできずにいた。

 そんな冬のある日、帝国のゴーレム部隊が北の小国のゴーレム部隊に破れたとの報が入った。一回り小さなゴーレムだったとしか分からず、勝因は不明だった。

「山岳地帯だから、地形を利用し罠に誘い込んだのではないか?」

 地図を広げてドゥークスが推論を述べれば、同輩たちは皆うなずいた。殆どの者が地図の読み方も知らないのだから仕方ない。

 一人アルタスだけは別の推論を抱いていた。彼は知っていた。北の山岳地帯には巨人族がいる事を。

 アルタスは初めて、自分の考えを全員の前で述べた。

「巨人族の武具で武装すれば、小さくても勝てる」

 すぐさま他から反論が飛んで来た。

「人間と巨人族は反目している」

「武具を譲ってくれる訳がない」

 しゃべった事を後悔してアルタスが黙ると、ドゥークスが言った。

「アルタス、お前ならゴーレムの武具を作れるんじゃないのか?」

 彼を武具鍛冶の職人と知っての問いかけだ。アルタスは即答する。

「できる」

「上に掛けあおう」

 腰を上げたドゥークスに一同は驚いた。

「巨人の武具を使ったなんて、アルタスの妄想ですよ?」

 という同輩にドゥークスは言い返した。

「そんな遠くの出来事などどうでも良い。ゴーレムを武装すれば強化できる、そうアルタスは言ったんだ。そして俺はそれを道理と見た。今のゴーレムは裸で戦っているようなものだ。どこの世界に素手で戦う兵がいる? 軍人でありながら、武装を思いつかなかった自分が恥ずかしい。アルタスはそれに気付かせてくれたんだ」

 アルタスは、自分を誰が評価してくれているか、このとき知った。

 ドゥークスが要求しても、すぐに事は運ばなかった。軍の上層部もゴーレムの用法など知らない。そのため武装化の提案は「試してから」と条件が付けられた。

 模擬戦が行われた。鉄で補強された扉を盾にし、船の碇を先に付けた丸太を握ったアルタスの三倍級ゴーレムと、ドゥークスの四倍級ゴーレムとの一騎打ちだ。

 アルタスは碇を戦槌のように振り回す。

 アルタスの初撃を躱したドゥークスは殴りかかるが、盾で防がれる。

 再度振った碇は相手の臑を砕いて倒し、上から叩き付ければガード下両腕を砕き、再度振り下ろして胴体に大穴を空けた。

 大方の予想を覆し、アルタスはあっさり勝ってしまった。

 これには負けたドゥークスの方が大喜びした。アルタスの手を取り、高々と掲げて上官にアピールする。

 ゴーレムの大きさとゴーレムマスターの力量の差を、武装はあっさり越えてしまったのだ。軍はその場でゴーレムの武装化を決定した。

 ただ巨大ゴーレムの武具は人間の手に余る。それこそ巨人でもなければ作れない。つまり、巨大ゴーレムが必用なのは明らかだ。

 そして巨大ゴーレムを操れ、武具を作れるとなればアルタスしかいない。

 アルタスがゴーレムの武具製作責任者に指名されたのは必然であった。

 ドゥークスに肩を組まれ「俺とお前で最強のゴーレム部隊を作るぞ!」と言われたのが、アルタスの人生で一番輝いた瞬間だった。

 ゴーレムの武具製作は各国でも密かに始められていて、パトリア王国が工房を作っている最中に武装ゴーレムが次々と現れた。

 そして工房が完成してほどなく、戦争は終わった。

 それが恒久平和などではなく、中休みだとは誰もが知っていた。

 帝国は失ったゴーレムの補充が必用だったし、周辺諸国もゴーレム部隊の編成と武装に注力した。

 仮初めの平和と呼ばれたその中休みに、アルタスもドゥークスも結婚した。

 ドゥークスは上官の娘との縁談を断って、酒場の女給と結婚した。そしてアルタスは、下宿の娘テネルと。

 彼女はてっきりドゥークスに気があると思っていたが、彼が別の女と結婚してもまるで平気で、逆にアルタスに聞いてきたのだ。

「あんたの方は誰かいないの?」

 口下手な自分にそんな相手がいるわけがない。面倒見が良い彼女に内心惹かれてはいたが、隣にドゥークスがいたので最初から諦めていた。

 だがそれを言えずアルタスは黙りこむ。そんな彼を見かねてテネルは言った。

「本当に世話が焼けるわね。仕方ないから、一生世話を焼いてあげるわ」

 自分の耳を真剣に疑ったものだ。

 彼女の両親は、戦争で死ぬ危険がある軍人より、国から仕事を任された職人の方が安心とのことで、二人の結婚は祝福された。

 職人であるアルタスは、無骨な外見とは裏腹に家具や食器などの扱いが丁寧なので、下宿の主人たちからはドゥークスより好印象だったと、その時に知ったものだ。

 ゴーレムの武具を大量生産するため、工房を鉄鉱山の町フェルームに移す事になったが、テネルは付いてきてくれた。騒音と振動をまき散らすので王都の民、特に貴族から嫌われたゴーレム部隊も、本拠地をフェルームに置いた。

 そんな中、ドゥークスは土の大精霊グラン・ノームと契約した。それまでは「ノームより大規模な地形変更ができる」程度と思われていたが、ドゥークスは「ゴーレム戦の勝敗を決める」と認識を変えさせた。

 九年前、パトリア王国のゴーレム大隊初の戦闘で、グラン・ノームの威力は証明された。ほぼ二倍のもの敵に圧勝どころか、完勝したのだ。

 だが講和交渉の最中にドゥークスが夫人と共に暗殺され、それを敵国に知られた為に交渉は一転不利になり、国土の半分を失うという事実上の敗戦となってしまった。

 一人残されたドゥークスの息子を、アルタスが引き取るのは自然の成り行きだった。結婚後も家族ぐるみの付き合いだし、父の影響でゴーレム好きなルークスは、幼い頃から工房に出入りしていたから。


 あれから九年、ついにルークスは夢を叶えてゴーレムマスターとなった。

 ドゥークスが見たらどれだけ喜んだろう、とアルタスはしみじみ思う。

「だんだん親父に似てきたな」

 アルタスがそう言うとアルティが尋ねる。

「ルークスのどこが英雄らしいの?」

 似ている部分はそこではないので、アルタスは答えに窮した。

 するとテネルが笑って言う。

「そりゃ好きな事に一直線な所がね。素直な性格と、精霊に愛される所も似ているわね。あと、捉えどころが無いあたりも」

 アルタスも笑った。何を考えているのか常人に分からないのは、天才の共通点だ。テネルがアルタスの「分かりやすい所が良い」と言った程である。

 この少年が今後どうなるか分からないが、アルタスは我が子同様に見守るつもりだ。

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