七倍級への挑戦

 王宮精霊士室長インヴィディア卿は部下の報告に耳を疑った。最近耳が遠くなったこともあり、聞き直す。

「ノームを使わずにゴーレムを作った、そう言ったのですか?」

「はい。学園からシルフによる第一報が参りました。詳細は報告書で送るとの事ですが、オムとウンディーネの協同により等身大ゴーレムの作成に成功したそうです」

 王城の連絡所から王宮精霊士室に届いた速報を、男性の部下が室長室で報告していた。

「誰がそれを?」

「はい。風の大精霊と契約――」

「ルークス・レークタ!? 彼なのですか!?」

「だそうです」

 思わず立ち上がったインヴィディア卿は椅子に座り直した。

「やってくれましたね。まさかノーム無しでゴーレムを」

 そしてため息をつく。

「ランコーがいれば詳しく聞けたのに。ああ、彼はルークスの事を酷く嫌っていましたね。何がそんなに気に食わなかったのか」

 部下が気まずそうな顔をしている。

「何か知っているなら教えなさい」

「噂なので、確たるものでは……」

「それで構いません」

「騎士団がらみだそうで」

「騎士団が学園と関係したなど、ここ数年ではそのルークスを……彼は騎士団からの誘いを断りましたね」

「その際の噂なのですが、生徒の無礼な態度に騎士が激怒し、かなりの剣幕で学園長を叱ったそうです。声が外に漏れるほどで、それで噂になったようです」

 インヴィディア卿は白髪頭を抱えた。

「その程度の事で、学園初の大精霊契約者を追い出そうとしたのですか? しかも学園を危機に陥らせてまで……」

「なにぶん、その、ランコー学園長は伯爵家の生まれでして、上級貴族として育った方です。その上騎士は、戦功によって取り立てられた元家人だそうで」

「上級貴族出身の家人が、平民の事で、元家人の成り上がり騎士に叱られた。たったそれだけで心の平静を失うとは……」

 上級貴族が総じて面倒臭い人間だとは知っている。だが爵位を継ぐ嫡子以外が家人階級になるのは昔からの決まりだ。あとは才覚で成り上がるしかないが、精霊使いは頂点である王宮精霊士室長でさえ騎士でしかない。

 精霊使いの道を選んだ時点で下級貴族が確定したくらい分かっていよう。

 インヴィディア卿らが今一つ納得できないのは、ランコーがルークスを憎む真の理由を知らないからだ。本人でさえ自覚していない――「平民に嫉妬している」と認めることを無意識に拒絶している――では余人には窺いしれない。

「その時、すぐ私に連絡すれば良かったものを」

 そうすれば騎士団に抗議できた。たかだか十四歳の子供の言動で、騎士が激高するのも学園長を叱責するのも行きすぎだ。

「その時点なら騎士団に非を認めさせ、ランコーも溜飲を下げられたはず。何故それをしなかったのか。そのせいで事がこじれ、あたら才能が潰されるところでした」

「恐らく、室長が家人の出だから……かと」

「家柄が格下の上司には泣き言が言えない、と?」

「そういう、方ですので」

 彼女は再びため息をついた。

 いくら土精の権威だからと、家柄で全てを判断する人間を教育機関の責任者にしたのは失敗だった、そう彼女は反省した。

 後任者選びの際には「そうした人間を避けよう」と肝に銘じる。


                   א


 次の目標をゴーレムの大型化と決めたルークスだが「町中でそれをやると危険だ」くらいの想像力は持っている。

 夜明けと共に目覚めたルークスは、起きたばかりのテネルに挨拶してパンを咥えるや家を飛びだした。

 ノンノンとリートレにゴーレムを歩かせ学園に向かう。

 当然のごとく学園の門はまだ開いていない。よじ登れる手がかりなど無く、塀に穴も空いていない。

 リートレとノンノンは一度ゴーレムを解体した。泥水に同化してリートレは門の下を通過、ノンノンは鉄柵の間を余裕で通り抜ける。

 そして園庭で再度ゴーレムを作った。

「さて、僕はどうしよう?」

「主様、我をお頼りください」

「分かった。任せる」

 インスピラティオーネは暴風を下から吹き上げ、ルークスの体を浮かせる。門より上がった所で自らの手で前に押し、主が敷地に入った所で下からの風を弱め着地させた。

 学園を見回るシルフが見とがめたが、ルークスと分かると「報告する」と告げて去った。それ以上の対応は「悪意ある行為を見たら」なので後は守衛に任せるのだ。

 ただルークスは、悪意は無くても社会常識からは逸脱していた。

 なにしろ始業前に七倍級ゴーレムを作る気で侵入したのだから。

 園庭なら倒れて家屋を壊したり人に怪我をさせたりする危険は無いし、時間外とはいえ学業の一環だから犯罪でもない。校則違反ではあるが、それだけの事。謝るなり罰を受けるなりすれば済む。

 発生が予想される物理的、社会的問題を想定した上で、それらが「七倍級ゴーレム実現を遅らせる理由にはならない」と判断したのだ。

 そう判断する所が、ルークスの社会常識から逸脱している点である。


 ルークスは園庭の泥沼に来た。ゴーレムを解体したリートレは井戸から水を流し込む。

「じゃあ、二倍級からやってみよう」

 リートレは泥水から自分の二倍の似姿を作り上げた。

 頭に手が届かないのでルークスはノンノンに呪符を渡し、ゴーレムを登らせる。固体にはくっつけるから落ちる心配はない。下から上へ「歩いて」昇る。頭に到達したノンノンは額に呪符を貼り、泥に同化した。

 ノンノンはゴーレムの全身に感覚を広げてゆき、全てを把握したところで目を開いた。

「よし、まずは右手を挙げよう」

 多少ぎこちなくも挙がった。左も同様。

「歩けるかな?」

 ふらつくも、歩く事もできた。

「よし、成功だ!」

 ゴーレムの手にハイタッチする。

 続いて三倍級だ。そこでルークスは工夫した。

「ノンノンが登るのに時間がかかる。寝た姿勢でできないかな?」

「任せて」

 泥人形作りに慣れたリートレは水を追加して流し込み、寝姿の泥人形を作り上げた。ルークスは頭頂部に呪符を貼り、ノンノンを泥に同化させた。

 しばらくしてから瞼が動き、目を開けた。

「右手を握って、開いて」

 手がゆっくりと握られ、開く。

「爪先は動くかな?」

 ピクリ、と爪先が動いた。指を曲げ伸ばしする。

「全身を制御できているね。じゃあ、右手を挙げてみようか」

 右手が肩からゆっくりと持ち上げられ――肩口で折れてしまった。

「自重が支えられないのか」

 ルークスがゴーレムを解体させているところに、年配の守衛がやってきた。

「困るなあ、開門前に入られちゃ」

「ごめんなさい。人がいない方が安全なんで」

「町外れの粘土山でやってくれないか?」

「あそこで子供が遊ぶと危険だと怒られます」

「ここでやると俺が怒るぞ」

「でも危険はありません」

 問答をしているうちに開門時間となった。

 追い出す理由が無くなった守衛は、泥溜の無断使用を咎めることにした。

 三々五々教師が出勤してくる。うち一人がやってきた。ゴーレム実習担当のローレムだ。泥溜の管理者でもある。

 守衛が事情を説明すると、ローレムは顔をしかめた。

「熱意があるのは良いが、少しは周りの迷惑も考えろ」

「考えた結果、一番迷惑が少ない方法を選びました」

 これには苦笑するしかない。

 土精科に限らず、教師の多くがルークスを嫌っている。成績も授業態度も悪いのだから当然だ。しかし、ゴーレム関係は別だ。教師より熱意がある。あり過ぎてそれが逆に嫌われる原因になるほどだ。

 ローレムはルークスを好ましく思っていた。たとえ能力が無くとも、その熱意は評価できる。学問に向ける熱意を否定しては教師失格である。いずれ、その熱意を向けるべき道を見つけるだろうと、ノームの召喚もできないのに今まで出席を認めていたのだ。

 ローレムは平民のため、貴族の教師がやりたがらない実技に割り振られた。学問的に何か研究している訳でもない。ただゴーレムの作り方と基本的な使い方を教えるだけ。毎年同じ事の繰り返し。そろそろ中年も終わる頃、先が見えたと思っていた教師生活である。

 そんな単調な生活の中で、ルークスは香辛料のように刺激的だった。

 ノームの召喚もできない、つまり実習をする資格が無いのに出たがるのが第一。

 土の下位精霊オムを連れてきたのが第二。

 そのオムが小さいながらも人型が作れたのが第三。

 そしてついに、ノーム無しで等身大ゴーレムに成功した。

 教師生活で昨日ほど興奮した事はなかった。

「まだ王宮精霊士室から回答が来ていないが、お前のゴーレムは国家機密に指定される可能性がある」

 ローレムは諭そうとした。

「お前は昨日、ゴーレムを歩かせて帰ったと言うじゃないか。あまり衆目に触れさせるのはマズい。今後は――」

「でも、七倍級にすれば町の隅々から見えますよ」

「戦闘用にするのか!?」

 ローレムは驚いた。まさかこんな大人しい子供が、ゴーレムを兵器前提で考えているとは思わなかった。

「いや待て。お前はゴーレムコマンダーではなく、ゴーレムマスターになりたがっていたはずだ」

「別に軍人になりたいんじゃありません。ただ、戦えるようにはなりませんと」

「そう、か」

 ローレムはため息をついた。こいつは好きにさせるしかなかろう。彼は理屈ではなく意思の人間なのだ。

 先程の説明でも「一番迷惑が少ない」選択肢を選んだだけで「放課後まで待つ」という選択肢は存在しないのだ。

「で? できそうなのか、七倍級」

「三倍級で腕を支えられなくなりました」

「ほう」

「三倍にすると重量は二十七倍になります。七倍級だと、えーと三百倍を超しますね。全て水で作るのは諦めた方が良さそうです。工房の可動模型を芯にしたらどうかな?」

 しゃべっているうちにルークスの関心はゴーレムに移り、ウンディーネに話しかけていた。既に意識からローレムは消えている。何かに集中すると他の全てが頭から押し出されるのだ。

 知らない人からしたら「とんでもなく失礼」だが、毎度の事なのでローレムは気にしない。

 むしろウンディーネの方が気を使って目で詫びてきた。

 ローレムは「自分が見ている」と守衛を解放してやった。

 どうせやらかすなら、その瞬間を見ていないともったいない。

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