第七章 侵略

祝いの席

 パトリア王国の北、リスティア大王国は元々国土がパトリアの二倍以上あった。それが九年前に領土を奪ったため、面積比ではパトリアの五倍に達する。軍事に力を入れ、今や東方地域でも有数の国である。

 首都カンノナスの大王城では、大王にして大将軍のアラゾニキ四世が、中庭に居並ぶ将兵たちの前で熱弁を振るっていた。

 腹が異常に突き出た壮年男は、十五年前に父王が死ぬや身内を殺しまくって玉座を掴み大王と称した野心家である。

 その政治手法は徹底した収奪主義で、暴君と国民に恐れられている。

 外政も同様で、パトリア王国侵略に加え無法な要求や居丈高な振る舞いなどが、帝国包囲同盟内で問題視されていた。

 彼は今、将兵を鼓舞する演説を行っている。パトリア侵略を始めるのだ。

「強大なサントル帝国に対抗するには、諸国が一丸となって団結する必要がある。だのに小国が、まるで帝国に通じるかのごとく、各国の防衛力強化に非協力を貫くなら、その邪な野望を打ち砕く事こそ、我が正義のリスティア大王国が為すべき事である!」

 将兵たちが雄叫びをあげる。その興奮を両手を広げ受け止め、大王は言葉を継いだ。

「九年前、我が国は多大な犠牲を払い、その卑怯な目論見を粉砕した。なれど、敵国は再び軍備を増強している。帝国と国境を接しない国が、武力を蓄える必要などあるはずがない! 奴らは帝国と謀り、我が国を挟撃せんと目論んでいるのだ! 降りかかる火の粉は払わねばならない! 帝国に味方する獅子身中の虫を潰す事こそ、神が我が国に与えた崇高な使命なのだ! 正義の為に、立ち上がれ、将兵たちよ!!」

 将兵たちの歓声、君主を讃える雄叫びが渦巻く。

「敵は、パトリアだ!!」

 国王が叫ぶと、将兵たちが唱和した。

「「「敵は、パトリアだ!!」」」

「パトリアを、倒せー!!」

「「「パトリアを、倒せー!! パトリアを、倒せー!! パトリアを、倒せー!!」」」

 大王も、その後ろに並ぶ将軍たちも戦意の高さに満足した。

 兵数もゴーレムの数もパトリアの数倍。さらに士気が高いとなれば、負ける要素は無いと思われた。

 既に戦勝気分の独裁者たちを、背後から冷ややかに見つめる男がいた。痩せ形で顔を仮面で隠している。名前や素性などは大王ら一部の者しか知らない。将軍にも正体を隠しているのにこの場にいるのだ。

 しかも将兵たちからは見えない位置で。

 精霊使いたちは察してはいた。リスティア大王国にはいないはずのグラン・シルフ使いが最近現れ、他国のシルフを追い払っているのだ。

 その顔を隠した男こそがそのグラン・シルフ使いであろうと。


                   א


 その日、フェクス家の食卓は祝いの席となった。

 念願叶ってルークスがゴーレムマスターになれたのだ。

 既に町中に知れ渡っている。とは言うもののルークスがゴーレムマスターになれた事よりも、見目麗しい女性型ゴーレムの方が話題だが。

 何しろルークスは、学園から家まで歩かせてきたのだ。

 ノーム一体が全てを制御する普通のゴーレムと違い、オムとウンディーネの連携には練習が必用である。その為一限目から練習し、改良を続けた結果、帰路は人間の歩行に合わせられるまでになった。

 お陰で物珍しさに人が集まり、ぞろぞろと付いてきたので家の外でゴーレムを解体した。泥人形と思っていたら中身が水だったので人々はさらに驚き、その噂も町を駆け巡った。


 今日は特別なので、ゴーレムから出た精霊二人も食卓についていた。

 ノンノンはルークスの肩ではなく、テーブルの角に設けられたクッション席に座っている。ルークスが誕生日席について、空いた席にリートレが座る。

 精霊は食事はしないが、家族の願いを叶えてくれたので人間同様のもてなしをしたのだ。

 ルークスの背後にはインスピラティオーネが浮かび、竈からはカリディータが顔を出していた。

「今日はお祝いだ」

 食前の祈りを終えるやアルタスがルークスに酒を注ぐ。そしてテネルに叱られた。

「ルークスったら喜んでいたと思ったら、次の瞬間地面に字を書きだしたのよ。何かと思ったらゴーレムの改良点。まったく、どういう脳をしているのかしら」

 アルティが説明なのか愚痴なのか分からない事を言うと、パッセルがフォローする。

「それがルークス兄ちゃんだから」

「何を改良するんだ?」

 アルタスが尋ねる。口下手で自分がしゃべるのは苦手だが、技術の話を聞くのは大好きなのだ。

「ノンノンとリートレの役割分担なんだ。ゴーレムは泥が筋肉だから、薄皮だけでは力仕事どころか動くのさえ時間がかかる。それでリートレに力を出してもらうことにしたんだ。ノンノンは判断と皮膚感覚、そして運動神経を。リートレが骨と筋肉を担当するんだ。後はその比率で――」

 予想と違って人体の事なのでアルタスには理解できなかった。

 ルークスはゴーレム構造学で培った「脇の知識」を存分に活かし、半日で人間と同じ速さで歩けるまでに改良したのだ。

「大変だったでしょう?」

 とテネルが精霊たちに言うと、首を振って否定した。

「楽しかったです」

「私たち、ルークスちゃんの役に立てるのが心から嬉しいの」

 これがノームとウンディーネという同格なら互いに反発もしたろう。しかし無力なオムは他属性の力を借りる事を恥とも思わなかった。ルークスの夢を叶え、それをより良くできるなら何でもする気だった。

 リートレもノームの真似事に嫌悪は無い。またオムに包まれる事も厭わない。ノンノンは、ルークスが命を捨てても助けようとした友達なのだ。力を合わせる事に微塵も躊躇はなかった。

「相変わらずあたしにゃ出番ねえのか」

 カリディータが燻るのを、インスピラティオーネがなだめる。

「そう腐るな。いずれ我らにも出番は来る。精霊が時間を気にする事などなかろう」

「まあな」

 オムがノームになる前にルークスの寿命が来る、そう焦っていたカリディータだ。「ゴーレムにはノームが欠かせない」との前提条件を蹴っ飛ばしてゴーレムマスターになったルークスには脱帽するしかない。

 それに、夢を叶えてもルークスの熱は冷めるどころか高まってさえいた。

 今まではカリディータ同様燻っていた所に、燃料が大量に投下されたようである。

「それで、動きの問題を解決した次は、力仕事ができるようにでもするか?」

 工房での活躍を期待したアルタスの問いかけに、ルークスは即答した。

「七倍級を目指す」

 その意味を即座に理解したアルタスとテネルは顔を曇らせた。

「ルークス、あんたまさか戦闘用にする気なの?」

 一家を代表するようにアルティが尋ねる。

「いざと言うときに戦える体勢は作っておかなきゃ。戦わないで済むならそれが一番だけど」

「でも……」

「七倍級か。難しいな。俺では無理だった」

 アルタスは話を逸らせた。ルークスは一度「やる」と決めたら梃子でも動かない頑固者だ。しかも不可能事を実現した今、誰が何と言おうが止まるはずがない。

「ノーム無しでゴーレムを使う事に比べたら、大した事じゃないよ」

 今ルークスは、何でもできる気がした。

 自分には頼れる友達がいるのだから。

 夢を叶えた事に満足せず、さらに進もうとするルークスにアルタスは目を細めた。

(ドゥークス、お前の息子はまた一歩成長したぞ)

 亡き友人へと思いをはせる。

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