偽りの謝罪

 フォルティスはルークスを殴った高等部の生徒たちの元へ歩み寄った。

「先輩方、ルークス・レークタへの疑いは晴れましたか?」

 既に終わったものと思っていた上級生たちは、後輩からの突然の指摘に驚いた。

「あ、ああ。彼は無実だった」

 リーダーの子爵令息スワッガーは言いにくそうに認めた。

「それは良かった。で、無実な彼を誹謗し、あまつさえ暴力を振るった件は、どのように処理されますか?」

 それは問いかけに偽装した追及だった。

 学園では一応全生徒が平等という建前はある。だが身分は厳然として存在しており、騎士の子が子爵の子に物申すなど論外であった。

 だが処理についての「質問」なら咎める訳にもいかない。

 当然、そんな質問をされたスワッガーは苛ついた。「お前が勝手にやっておけ」と拒否するのは容易い。だが迂闊にそんな真似はできない。取り巻きたちが煽りを食う恐れがあるから。

 爵位を継げる自分はともかく、家督が継げない二、三男や騎士以下の子は将来が不安定である。騎士団長の息子と対立したら、騎士団に入る目が無くなりかねない。

 取り巻きたちの懇願する眼差しに抗しきれず、スワッガーは度量を見せざるを得なかった。

「謝罪しよう」

「賢明な判断、さすがです」

 間髪入れずフォルティスがお追従に見せかけて逃げ道を塞ぐ。

 それがお追従ではない事は互いに了承している。お追従を述べる者が、わざわざ事を正しに来るはずがないのだから。

 だが権力にすり寄る者はそこまで頭が回らない。二人の言葉を額面通りに受け取り「さすがです」「ご立派です」とお追従を言う。

 これでは「気が変わった」などさらに言えなくなり、より退路を断つ事になる。

 取り巻きたちは主の表情が険しくなった事を恐れ、不思議がるだけで、理由までは思い至らなかった。


 泥沼のほとりでノンノンの帰りを待っていたルークスたちに、高等部の生徒たちが再び近づいてきた。

 ルークスは警戒の視線を、グラン・シルフは義憤の視線を、アルティは恐怖の視線を、ヒーラリは不安の視線をそれぞれ向けた。

 先頭のスワッガーが言う。

「ルークス・レークタ、君の無実は証明された。先程の無礼は私の非だ。詫びを言わせてもらおう」

 それだけ言うと彼らはきびすを返して立ち去った。

 嫌な記憶を呼び起こされて不機嫌になった被害者と、目の前で嘘をつかれ怒りを倍加させた大精霊を残して。非だとまったく思っていない事が見て取れたのだ。

 アルティとヒーラリは安堵はしたものの、露骨に不機嫌になったルークスとインスピラティオーネの扱いに困ってしまった。


 配慮が裏目に出てしまったので、フォルティスはフォローに向かった。

「仲違いを解消したかったのだが、余計な事をしたようだ。済まない」

 ルークスは不機嫌を微塵も隠さず答えた。

「君がやったのか。でも一応礼を言うよ。ありがとう」

「いや、納得せずに礼を言われても」

「納得しなくても、親切にされたら礼は言うものだろ」

「なるほど、それは道理だ。感謝を素直に受け取らせてくれ」

「で、どうしてあんな事をさせたの?」

「兵役につけば共に戦う戦友となる。いがみ合うのは互いの為でないうえに、味方にも不都合だ」

「なるほどね。だとしても、嘘の謝罪は逆効果だよ」

「形だけでも謝罪する事に意味があると思ったのだ」

「そりゃ加害者はそれで罪を帳消しにできて気分が良くなるだろうけど、被害者はさらに不機嫌になるだけだ。不公平だ」

「一つ訂正させてくれ。加害者は気分が良くならない。彼は謝罪を屈辱と思う手合いだから、不機嫌なのはお互い様だ」

「それじゃ誰も幸せにならないじゃないか」

「だがこれで、立場が反対になったとき、同じ対応で許される。相手に貸しを作れたわけだ」

「へえ、平民が貴族と同じ扱いになるなんて初めて聞いた。それってどこの話?」

「建前だが、学園内では生徒は平等だ」

「逆の立場で同じ事が起きた? 僕が貴族の子で向こうは平民。殴られるなんてある?」

 フォルティスはため息をついた。

「そうだな。私が浅はかだった」

「それに、彼らにも良くなかったね。精霊の前で嘘をつかせるなんて」

 フォルティスは風の大精霊を見上げた。

「そうでした。精霊の前で嘘をつかせたのは、配慮が足りませんでした」

「お陰で、あの者たちの不誠実さは周囲のシルフたちも知る事となったな。噂の速さではシルフは人に負けるが、広まるのは確実であるぞ」

「あの人たち『シルフがいなくなった』って怒っていたけど、戻ってくるかな? 契約違反に加えて嘘つきじゃあ」

 ルークスがつぶやくと、フォルティスは閃いた。

「となると、君を殴った報いは精霊から受ける事になるのだな、彼らは」

「ああ、そうなるか」

 やっとルークスから苛立ちがきえた。フォルティスが差しだした右手を喜んで握る。

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