精霊を呼び戻せ

 仮とはいえアルティが再契約に成功したので、生徒たちはルークスに群がった。

 口々に自分の元契約精霊を呼んで欲しいと願っている。これまでの態度とは正反対、見事な手の平返しである。

「知らない精霊に頼み事はできないよ。それに、ノームには嫌われているし」

「そこを何とかお願いだー!!」

 小柄なルークスにさらに小柄な暴走ポニーがすがりついている。だが、カルミナが契約していたのはノームだった。

「いくら頼まれても、向こうが僕を嫌っているから無理」

「あううう、絶望だ~」

 頭を抱えるカルミナをクラーエが慰める。

「二人で頑張れば、きっと呼び戻せましょう」

 いつもの光景のようだが、アルティはいつもの人間がいない事に気付いた。

 ヒーラリを探すと、校舎脇で抱えた膝に顔を埋めている。

「どうしたの?」

 隣に座ると、ヒーラリは顔をあげた。目が赤く、レンズに水滴が付いている。

 泣いていたのだ。

「レーニス……私の契約精霊だったっす……」

「あ――!」

 アルティは思い出した。

 先程ルークスが言伝を頼んだシルフ、ルークスのではなく、ヒーラリの契約精霊だった。ルークスはアルティら親しい人間の契約精霊も名前を覚えている。

「もうルークスの契約精霊になって……たぶん私より仲良くやっているっす……」

 打ちひしがれた様子に居たたまれなくなって、アルティはルークスを呼んだ。

 ルークスはグラン・シルフに「学園を去った精霊に戻るよう」呼びかけを頼んでいるところだった。事情を聞くと彼は悪びれずに言う。

「あー、レーニスだったか、ヒーラリの契約精霊は。インスピラティオーネ、レーニスを呼んでくれないか?」

「直ちに」

「もういいっす。前々からルークスと良く話していたし、私といるより幸せっすから」

「ええと、言ってなかったと思うけど、レーニスとは僕の方が付き合い長いから」

「「え?」」

 ヒーラリと驚きを重ねたアルティは、ルークスを問いただす。

「つまり、レーニスはあんたの友達で、さらにヒーラリと契約したって言うの?」

「うん、そうだよ」

「そ、それって良いの?」

「アルティだって友達が複数いるじゃないか」

「精霊が複数の人間と契約するって……ありなんだ」

「人間が複数の精霊と契約できるんだ。精霊がダメだって理屈はないよね?」

 そこに男性シルフがやってきた。先程の、ヒーラリの元契約精霊レーニスだ。

 ルークスが事情を説明する。

「聞いたと思うけど、例の問題校則が無くなった。間違っていたのは人間だと決まったわけだ。ヒーラリはまた契約したがっているんだけど、聞いてやってくれないか?」

 いつもの元気は鳴りを潜め、ヒーラリはアルティの陰に隠れるように精霊に向き合う。か細い声で呼びかける。

「あの……もう一度……私と契約して――じゃなくて、友達になってくれますか?」

 レーニスはルークスに顔を向けた。

「僕もフォローするよ」

「ル、ルークスを見習います。真似をします。だから……」

「いいよ。何かあったらルークスに相談しろよな」

 消沈していたヒーラリの顔が喜びに輝いた。

「はい! もちろんっす!」

 あっさりと、実にあっさりと再契約ができ、見守る生徒たちは興奮した。またしてもルークスに頼る。

「だから、知らない精霊に頼み事なんてできないし、そもそも君は誰?」

 虫の良い頼み事をする生徒たちに難儀するルークスを見かね、グラン・シルフが一喝した。

「普段主様を悪し様に言っておきながら、利用できると見るや群がるとは見苦しい。左様に他者を利用する者を、精霊は好かぬと知れ!」

 ようやく解放されたルークスは、玄関へは向かわず、脇の井戸へ歩み寄った。ウンディーネのリートレが井戸端に腰掛け待っていた。

「少しは残ってくれたかな?」

「水脈に数名しか残らなかったわ。離れた者にはできる限り声をかけるけど、時間がかかりそう」

「旧友にも手伝ってもらおう。少しでも手を増やして戻るよう説得してくれ」

「任せて」

 リートレは水となって井戸に流れ込んだ。

 篝火の下にいるサラマンダーのカリディータは頭を振った。

「あたしには期待すんな。大精霊でも魂持ちでもない、ただの精霊なんだ」

「でも君が動いてくれないと始まらない。頼むよ」

「期待すんな」

 そう言って火精は炎に飛び込んだ。

 それを見ていたアルティもシンティラムに頼む。

「私もお願いできる?」

「ルークスの真似なら仕方ない。声かけくらいしてやるよ」

 シンティラムも動いてくれた。

 園庭の一角を占める泥沼の前でルークスは足を止めた。

 ルークスの肩から腕を滑り降りたノンノンが、沼のほとりでビシッと敬礼する。

「ノンノンが頑張るです」

「無理ない範囲で戻って来てね」

 オムは泥沼に飛び込んだ。

「凄い。ルークスがノンノンを使いに出すなんて」

 アルティは感心した。

「何が?」

「だって、その間あんたゴーレムを作る練習とかできなくなるじゃない」

「仕方ないよ。学園に精霊を呼び戻さないとはじまらない」

 何が始まらないかアルティには不明だが、ルークスが自分の夢より学園の事を優先した事は好ましかった。

「こちらなら私も協力できそうだ」

 中等部最高学年の主席であり級長のフォルティスが歩み寄る。ノームを伴っているのでアルティは驚いた。

「彼女は、契約精霊なの?」

 尋ねるとフォルティスは苦笑した。

「恥ずかしい話だが『精霊に逆に説得されて』宿題ができずじまいだったのだよ。だが失敗が幸いして、私は友達を失わずに済んだ」

 フォルティスは生徒たちに呼びかける。

「他にも『精霊に説得された』生徒がいるはずだ。今は、少しでも多くの精霊たちに、仲間を説得させて欲しい。これは学園始まって以来の危機だ。生徒は団結して、出来るかぎりの事をしようではないか」

 この呼びかけに、何人もの生徒たちが応じて精霊を召喚し始めた。

 それを見届けフォルティスはノームを泥沼に潜らせた。

 ルークスは疑問を抱いたが、フォルティスがすぐ生徒たちの方へ戻ったので尋ねられなかった。

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