第六章 ゴーレムマスター

和解と理解

 校舎の玄関脇、篝火の下にいる、契約精霊へとアルティは歩み寄る。

「シンティラム、昨日あなたに言った事は全て引っ込めるわ。謝るから戻って来て」

「もう契約は解消した。他を当たれ」

 取り付く島も無い。途方に暮れる幼なじみに、ルークスが助け船を出した。

「シンティラム、機嫌を直してくれないかな? アルティに悪気は無かったんだ。ただ、学園に逆らえなかったんだ」

「ルークスは逆らえるのにか?」

「僕は……そのせいで成績が凄く悪いんだ。なあシンティラム、僕は結果を出せたから逆らえるんだ。燃えさかる炎はちょっとやそっとの水じゃ消えない。でもアルティはまだ種火なんだ。そこを分かってくれないかな? 僕もできる限り彼女に教えるから。どうか、頼む」

 サラマンダーは炎を揺らした。

「仕方ねえ。他でもない・・・・・ルークスがそこまで言うなら、条件次第でもう一度、契約を考えてやろう」

「ありがとう、シンティラム」

 ルークスに促され、アルティは問いかける。

「どんな条件?」

「精霊は人間の道具じゃない」

「もちろんよ」

「命令するな。お願いしろ。ルークスを見習え」

 一瞬ルークスに目を向けたが、すぐアルティは視線を戻した。

「そうする」

「当分は仮契約だ。その間に条件を破ったら、今度こそ縁を切る。これについてはルークス、お前もだ。いくらお前でも二度は無いからな」

「僕はそれで構わない」

「私に条件を付ける資格はないわ」

「よし、なら仮契約を許そう」

 見ていた周囲がどよめいた。仮とは言え再契約に応じる精霊が出たのだ。

 安堵したアルティだが、すぐ大変な事を思い出した。

「契約に必要なグリモワールが無い! ええと、篝火はあるけれど、祭壇はどうしよう?」

 慌てているので契約儀式に必要な品々が思い出せない。

「ねえルークス、儀式に何が必要だっけ?」

「さあ」

「さあって、あんた儀式はどうしてきたの?」

「やった事ない」

 取り巻く生徒も教師も、全員が耳を疑った。

「儀式……無しで……どうやって契約したの?」

「だって学園で儀式が必要だって習う前から、何人も友達になっていたし」

 アルティは思い出した。入学前既にルークスはシルフと契約していた事を。

「で、リートレに『やらないといけないの?』って聞いたら『今さらですか?』って笑われた」

「だからか!」アルティはやっと理解した。「だからあんた、精霊学の成績が悪いんだ」

 精霊学は初等部では精霊の事を知り、精霊と契約を結ぶ方法を学ぶのが主眼となる。

「そうさ。だって精霊学のやり方じゃノームを呼べもしなかった。なら、そんなの勉強しても意味ないよね?」

「でも、友達と契約とは違うし」

「その契約が良く分からない」

「ごめん、私あんたの言葉が良く分からないわ」

「だって精霊と友達になったら、それが契約精霊だって言われたんだ。でも当の精霊は『契約なんていらない』って言うし」

「え?」

 アルティが振り仰ぐと、グラン・シルフはうなずいた。

「我も主様と契約など交してはおらぬぞ」

 どよめきが起きるどころか、周囲の人間たちは驚きのあまり絶句した。

 契約していないにもかかわらず、あるじと仰いで側にはべり、求められなくても力を行使して守っているのだ。大精霊が。

「ル、ルークス。インスピラティオーネも、あんたの友達なだけなの?」

「うん、そうだよ」

 あっさり言われ言葉を失うアルティに、風の大精霊が語りかける。

「主様はそういう方だ。精霊と友達になるのだ。友達ならば一緒にいる事も、困っている時に力を貸す事も不思議ではあるまい」

「じゃあ、あなたは契約精霊ではないの?」

「そうせぬ人間が理解できぬでな、便宜的にその呼称を許しておる。だが契約とは不信を元にした弱い結びつき、信頼を元にした友情は、より強い結びつきであるぞ」

「友情!?」

 アルティはそこに食いついた。

「ルークス、あんたにとって魂ある精霊は特別なの!?」

「ええと、魂があるのはインスピラティオーネとノンノン、リートレか。なら、特別だね」

「特別ってどんな?」

 そこが彼女にとり一番重要である。

「とても親しいから、親友って言えるかな」

 肩透かしに慌てて、つい本音がこぼれ出た。

「こ、こここ恋に、おお落ちているとかじゃじゃじゃないの?」

「さあ。恋が良く分からない」

「このド鈍感!!」

 真っ赤になって怒るアルティに、インスピラティオーネが苦笑した。

「娘よ。人と精霊との違いは、男と女との違いより大きいぞ。恋も契約同様、精霊の理解が浅い人間の解釈でしかないわ。主様の友達、親友の方が近い概念に思うぞ。もっとも精霊の友達が、人間のそれと同じ概念かは定かではないが」

「じゃあ、儀式も要らないの?」

「儀式など、人間が自分の誠実さを売り込む手段に過ぎぬ。形だけ整えたところで心が背いていては意味無かろう。契約だの儀式だのは、人間側の都合で決められた事。何しろ騙す裏切るは常に人間だからな」

「あ……」

 アルティはルークスを見た。彼が他人を騙すところなど見た事が無かった。人間相手でそうなのだ。精霊を騙すなどあるはずもない。またその必要もない。

 ルークスが精霊に期待する事は一つ、自分がゴーレムマスターになる事だけである。それに関与しない精霊、つまりノンノン以外は全員、純粋に友達でしかないのだ。友達なら何かで縛る必要もない。

「だから儀式も契約もいらないのね」

 インスピラティオーネが微笑む。

「主様の最大の美徳は信頼だ。精霊を信頼してくださる。その信頼が嬉しいから一緒にいて快いのだ。主様のごとく私心無く友達として接していれば、精霊が拒むのは余程の事ぞ」

「余程の事?」

「土精に嫌われる程に、風との相性が良すぎる主様よ」

「ああ、その心配は私には無いわ」

 アルティも納得できた。

「ルークスは精霊からそういう事を聞いていたのね」

「そういう事って?」

「だから、友達になるって事よ」

「ああ、それは父さんからだよ」

 一瞬アルティは混乱した。

「それってうちの親父じゃなくて、ドゥークスおじさん?」

「うん。精霊と仲良くなりたいなら、友達になりなさいって。友達なら分からない事は聞けば良いし、喧嘩しても仲直りできるからって」

「そ、そうなんだ……」

「おかしいな。アルティには何度も言った覚えがあるんだけど」

「え? そ、そうだったっけ?」

「アルティイィィィ!!」

 後ろから暴走ポニーが突っ込んできた。カルミナである。アルティの胸ぐらを掴んで揺さぶる。

「なんで精霊使いの秘結を黙っていたーっ!?」

「知らない! 覚えていないもん!」

「親子二代にわたって大精霊と契約できたじゃないか!! これが正解だろーが!!」

「え……」

「しかもグラン・シルフのお墨付きだぞ!!」

「あ……」

 大精霊契約者である親から教えられたとおりにやって、ルークスは大精霊と友達になれたではないか。

 対して学園の教えどおりにやっても、過去二十年近く誰も大精霊と契約できていない。

 アルティは今までずっと学園の教えが正しいと思っていた。だが、今までずっと否定してきたルークスの「精霊と友達になる」の方が正解だったのだ。

 アルティの中で、今まで積み上げてきた物が崩れた。

 自分がいかに幼なじみを見ていなかったか、話を聞いていなかったか、思い知らされた。

 アルティーはずっと「ルークスが話を聞かない」事に腹を立てていた。

 だが話を聞かないのは自分の方だった。

 昔はそうではなかったはず。変わったのは――入学してからだ。

 学園の教えがルークスの言い分と違うから。

 教師が教科書によって教える内容と、五才の子供の言うこと、どちらを信じるかと言えば、普通は前者だ。アルティはそうした。

 だが間違いだった。信じるのは「学園とルークスのどちらか?」ではなかった。

 精霊なのだ。

 ルークスはいつも「精霊の事は精霊に教えてもらった」と言っていたではないか。

 シンティラムも「ルークスを見習え」と言ったではないか。

 ルークスが先程「なんでアルティは理解しようとしてくれないかな」と嘆いたとき「あんたがそうでしょ」と反発したものだ。だがアルティが理解させようとしていたのは、自分ではなく学園の教えでしかなかった。

 アルティは、ルークスを理解しようとしていなかった。だのに自分はそれを相手に求めていた。しかも他人の考えを。

 自己嫌悪に打ちのめされ、アルティはルークスに頭を下げた。

「ごめん。私、何も分かっていなかった」

「え? 何が?」

 あまりに唐突すぎて、アルティが何を謝っているのかルークスには分からなかった。

 勢いで謝ってしまったアルティは、何を言ったら分かってもらえるか、心の中を模索する。

 そして見つけた。

「精霊の事は、教師ではなく、精霊に聞けば良いんだよね」

 ルークスの表情が驚きから喜びのそれに変わった。

「そうだよアルティ! そうなんだよ!」

 人目をはばからず抱きしめてきた。アルティの頭に全身の血が上る。

「ちょ、ルークス! バカ!! 離れなさい!」

 力任せに引き剥がしたときはもう、顔が熱くて誰にも見せられない。

「アルティ顔真っ赤だぞ」

 と余計な一言を発した暴走ポニーは、クラーエにチョップを食らう。

 深呼吸して息を整え、どうにかアルティは自分を取り戻した。

 姿勢を正して改めてサラマンダーに向き合う。

「こんなバカですが、よろしく御願いします」

「あれ? 随分と変わったじゃないか。そうかそうか、さっそくルークスを真似たか。その分だとこれからは上手くやっていけそうだな」

 やっとサラマンダーは機嫌を直したのだった。

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