学園を救った者

 泥沼からノンノンが顔を出した。

「なかなか話を聞いてくれないです」

 学園の敷地を出るとすぐノームたちがいたが、当分戻る気はないらしい。

 手の平サイズのオムを肩に戻すルークスにグラン・シルフが言う。

「時間がかかるのは仕方ありません。土精は頑固者が多いですから」

 フォルティスの契約精霊はまだ戻ってこない。この機会にルークスは先程の疑問を口にした。

「逆に説得されたなんて、嘘だろ?」

 息を飲んだフォルティスは、声を潜めて言う。

「そのとおりだ。宿題をサボった者たちに、精霊を呼ぶ口実を与える為の策だ。だからこの事は、ここだけの話にしてくれ」

 ルークスの他に聞いているアルティとヒーラリもうなずいた。

「しかし良く分かったな。君は他人の嘘を見抜けるのか?」

「いいや。ノームが顔をしかめたから。嫌な事を命じられてもいない、契約者がしゃべっている間だから、その時に嘘をついたんだなって」

「さすが、精霊に関しては教師にも異を唱えるだけの事はあるな。彼女にはあらかじめ嘘をつく事は伝えていたが、それでも嫌なものなのだな」

「説得されたんじゃなければ、宿題は最初からする気が無かったんだな?」

「鋭いな。そうだとも。あんな校則、正気の沙汰ではない」

「ならそう指摘すれば良かったのに」

「そんな真似をしたら破門されてしまう。私は君ほど無謀にはなれない」

「だからって、何もしなかったと?」

 フォルティスは言いよどみ、頭上の大精霊に視線をやる。

「精霊がいる場でその質問は勘弁してくれ」

「どうして?」

 空気を読まないルークスにフォルティスも苦慮する。そこに横手から声が来た。

「あー、騎士団の力を使ったと知られたら、上級貴族の嫉妬が面倒っすからねえ」

 普段なら貴族の前では事情通ぶりを伏せるヒーラリである。詮索好きだと知られると厄介だからだが、今日は感情のブレもあって口が滑った。

「参ったな。君たちには隠し事をすると逆に危ないようだ」

 フォルティスは苦笑こそしたが、機嫌を害した様子は無い。

「この件も内密に頼む。昨日寮で、校則の危険性が分かる者たちで話し合った。だがたとえ貴族だろうと、生徒が異を唱えた程度では神殿が動きそうにない。だから実家を頼った。各々シルフを飛ばし、問題を訴えたのだよ。実家が遠方の者はそこからシルフを送ってもらい、王都に実家がある者は使いを出してもらう。王宮精霊士室と、大聖堂とに」

「ああ、だから大司教様から命令が来たのか」

 やっとルークスにも事情がつかめた。

「雲の上の話し合いには時間がかかり、結果が届く前に騒ぎが起きてしまったのは残念だ」

 ルークスは考えた。

「さっきの礼は、こちらに言った方が良かったようだね」

「それは買いかぶりと言うものだ。私は――」

「上級貴族は大体領地にいるっすよね? 王都で身軽に動けて、働きかけをとりまとめられるとしたら、騎士団長くらいっすよ。となれば、寮で人をまとめたのもフォルティス様っすよね?」

 図星を突かれ、フォルティスは驚いた。

「なぜそう思ったのか、聞かせてくれないか?」

「えー、フォルティス様は誰も知らない他人の功績を広めるほどの人格者っすよね。そんなお人が、中心人物を言わないとなったら、それはもう自分だからっしょ。だって言わない理由が『騎士団が出しゃばった』って、上級貴族がうるさく言う以外にあるっすかねえ」

「それ程の人格者ではないさ。確かに周囲に働きかけたが、決して中心となった訳ではない。皆の自発的行動だとも」

 ヒーラリはそこで口をつぐんだ。内心で「想像以上の策士だ」と彼の評価を変えてはいたが。何しろ精霊の前で嘘をつかずに自分の関与を小さく印象づけたのだ。これは迂闊な事は言えない。

 流れは納得できたアルティだが、疑問があった。

「でもヒーラリ、フォルティスってかなりの人気でしょ。どうしてそんなに人目をはばかるの?」

 貴族を呼び捨てするアルティに呆れつつ、ヒーラリは慎重に説明する。

「寮は平民と貴族とに分かれているだけじゃなく、男女別だからっす。フォルティス様の味方は皆さん女子寮にいらっしゃって、妬んでいる方のほぼ全員が男子寮っすから」

 自宅通学のアルティには分からない事情である。

「その辺で勘弁してくれ。これ以上突かれると困る」

 フォルティスは両手を挙げて降参した。

「でも、君が学園を助けてくれたんだ。皆が感謝するべきだ」

 ルークスが言うと、アルティもヒーラリも同意する。だがフォルティスは意外にも首を振った。

「何を言うんだ、ルークス・レークタ。学園を救ったのは君だ」

「僕が?」

「確かに君は無謀だった。だがその無謀のお陰でアドヴェーナ先生の失言を引き出せた。その失言が大聖堂を動かしたのは間違いない。その失言があったから、問題校則も何か深い考えがあるとかではなく、無知ゆえと判明した。そう、彼の『精霊が嘘をつく』だ。本音というものは、敵に対して出やすいのだと私も学んだよ」

 ルークスが難しい顔をしているのは、話が理解できないときだとアルティは知っていた。

「じゃあ、二人が学園を救ったって事で良いじゃない」

 と提案する。

「ルークスがボロを出させて、フォルティスがそれを有効に活用した。ただ、二人共それを広める気は無いから、ここだけの話にするってことで」

 男子二人はそれで納得した。元よりフォルティスは功績を隠したいし、ルークスは精霊の為に立ち向かったのであって、学園を背負う意識などなかった。

 一人ヒーラリは友人を除け者にする事を嫌った。

「カルミナとクラーエには教えても良いっすよね?」

「ダメ」とアルティは即答する。「カルミナが絶対にしゃべらないって、あんた言える?」

「あー、そうっすね」

「だからこの場にいる人間だけ。それなら秘密が漏れる心配は――」

 アルティは失念していた。ルークスの肩にはノンノンが、頭上にはインスピラティオーネがいる事を。いつもいるから、つい見落としていた。

「ええと、ルークス、二人に内緒だって言っておいて」

「ああ。二人とも、この事は内緒だって」

「承知しました」

「分かったです」

 アルティは安心すると同時に、再度認識を強めた。

 ルークスは簡単にできることでも、言わないとやってくれないのだと。

 空気が読めないせいで、今自分が何を期待されているか分からないのだ。


                    א


 生徒だけでなく教職員まで契約精霊を失った王立精霊士学園は、機能しなくなっていた。

 さらに陣頭指揮するべき学園長が王都に召喚され不在である。

 アウクシーリム教頭は全校生徒を講堂に集め、情報共有と今後の対応について話した。


 現在教職員と生徒、学園から精霊が失われている事。

 原因は昨日制定された校則である。

 その校則は撤廃された。

 責任者のランコー学園長、アドヴェーナ教師は王都に召喚され、帰還時期は不明。

 各自元契約精霊に呼びかけ、校則の撤廃を伝え、戻るよう説得に努められたい。


 最後に教頭は一歩踏み込んだ。

「今後精霊と契約するにあたり、学園が定めた様式と異なる方法でも可とする」

 要はルークスの「友達になる」を許したのだ。

 責任者不在の状況で規則を変更するのは暴挙とも言える。

 だがアウクシーリムは決断した。

 何しろ風の大精霊が認めたのだ。風精の専門である以上、それを否定しては自らを否定することになる。

 それにその方法で既に再契約に成功した生徒がいるのだ。今さらそれを咎めるなどあり得ない。

 組織の一員としては失格だが、学者として、そして教育者としての良心を優先したのだ。

 土精科を中心に慎重を訴える多数の教師を、アウクシーリム教頭は押し切った。

「今はなりふり構っていられる余裕はありません。学園の機能を取り戻す事が何より優先します」


 このなりふり構わぬ姿勢が、精霊たちに「人間は反省した」との認識を与える結果となり、徐々にだが精霊が戻ってきた。

 その日のうちにシルフは元通り学園内を吹き周り、ウンディーネも少数ながら井戸や泉に姿を見せるようになった。しかしサラマンダーは火の中からは出ようとせず、ノームに至っては敷地にさえ入らない。

 四大精霊の帰還状況は、ルークス・レークタの各属性との相性に比例していた。

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