第五章 精霊が去った学園
精霊が魂を持つとき
ここ数日、学園の話題はルークスが独占状態だ。
騎士団入り拒否から始まり、決闘に破門、そして今回の
「ルークスが工房を吹き飛ばしたって!?」
登校したアルティに、彼女でさえ知らない大事件を報告したのは暴走ポニーのカルミナだった。
苦労性のクラーエは心配してくれたが、ヒーラリは興味津々で眼鏡を光らせている。
「でも、グラン・シルフが暴走したらただじゃ済まないっすよね?」
「暴走したのは精霊じゃなくてルークスよ」
アルティはげんなりしていた。
事故の轟音で未明に叩き起こされるわ、ルークスは大火傷しているわ、工房はゲートと炉が壊れているわ、近所の人たちが集まるわ、朝一に役人が学園長を伴って事情聴取に来るわで、朝食も食べていないのだ。
サラマンダーがオムを炉に入れたので、助けようとルークスが手を突っ込み、ウンディーネが井戸水を激流にしてゲートと炉を壊したと説明した。
「普段おっとりしているウンディーネが、まさかあそこまで強力な水流ぶちまけるとは思わなかったわ」
まるでゴーレムが殴ったように歪んだゲート扉にアルティは震え上がった。精霊の力は人間の比ではない、と改めて思い知らされて。
「精霊による殺精霊事件だったか」
「未遂ですよ」
カルミナの早とちりにクラーエが突っ込む。
「でもノンノンちゃんが無事で良かったですわ。あの子、可愛くていらっしゃるから」
クラーエは純粋に喜んだが、ヒーラリは引っかかりを感じていた。
「炉なんて火だけの世界に入れられて、よく下位の土精が無事だったっすね?」
「それが……」アルティは言いよどむ。「魂を宿した精霊は不滅になるっていう、あれなんだって」
「「「えええええっ!?」」」
少女たちの驚きがハーモニーを奏でた。お年頃の一大関心事であるからだ。
精霊が魂を宿すのは、人間と恋に落ちた時である。
「な、ななな……生意気だ! 幼女のくせに! ていうかルークスはロリコンだったか!?」
「カルミナ、落ち着きましょう。幼く見えてもノンノンちゃんは私たちより遥かに年上の婆様なのですから……きっと多分」
カルミナをなだめるクラーエも平静ではいられない。いち早く立ち直ったヒーラリは、さらに踏み込んだ。
「となると、ルークスもノンノンの事を……ラブっすか?」
「あのゴーレムオタクの目に異性なんて映ると思う?」
アルティは冷たく答えた。自分でさえ映らないのだから。
「でも、そのゴーレムの鍵を握っているのがノンノンっすよね?」
「ノンノンだけならね」
「え?」
「ウンディーネと、グラン・シルフも魂持っているんだって」
「「「えええええええええっ!?」」」
三人の驚きは先程の倍以上だった。
「重婚だっ!! ルークスは重婚をしている!! アルティという正妻がいながら!」
「正妻じゃない!」
「あー、ルークスって精霊には博愛主義ですからねえ」
「クラーエ、帰って来るっす。あんたでないとカルミナの暴走は止められないっす。それに、それだけで契約精霊が魂持つなら、私は今から博愛になるっすよ! ルークスが来たら、今日こそ秘結を聞きだしてやるっす」
石板にメモをするヒーラリに、横目でアルティは言う。
「あんたはルークスを甘く見過ぎているわよ」
「それって正妻の余裕っすか?」
「正妻言うな! それよりあいつ、契約精霊が魂を持っている事、知らなかったのよ。その事実だけじゃなく、その意味も!」
アルティが指摘したとき「どういう事?」と尋ねた程なのだ。
チョークが落ちて転がる。ヒーラリは眼鏡のブリッジを指で押さえた。
「さすがルークス。予想を斜めに上回るおバカっすね」
「あー、ゴーレム関連以外は赤点ばかりでしたね、彼は」
「お陰であたしがどんなに点数が悪くても、最下位になる心配がない!」
いくら精霊が使えても、授業を聞かない為に精霊の知識に欠けるルークスは、正に天才の持ち腐れだと意見が一致した。
事故の対応もさることながら、アルティはルークスにも疲れていた。
「で、当人はどこっすか?」
ヒーラリが周囲を見回す。
「私が出る頃はまだ役人に事情聴取受けていたわ。精霊も事情聴取を受けるのね」
「嘘をつかないぶん、人間より信用できるっすからね」
「それと、なんか学園長がえらい剣幕で。ひと揉めありそうで気が重いわ」
「ああ!?」
カルミナが重大な事に気付いたように大声をあげた。
「現場立ち会いが学園長では、講義が自習にならない!!」
א
その頃、工房では肩にオムを乗せたルークスが事情聴取を受けていた。火傷の治療で体力を消費したので、一晩でかなり痩せている。
役人が事実関係を聞き終えるまでは淡々と進んだが、ランコー学園長が精霊の行為を問いただし始めると、空気は険悪になった。
「いつか君はとんでもない事をすると思っていたが、とうとうやりおったな」
「僕は何も悪い事はしていませんが?」
「君の契約精霊がだ!」
学園長はけんか腰である。
騎士団から受けた屈辱が尾を引いていた。
憂さが晴れると期待した決闘での逆転劇で失望もした。
神学教師の破門宣告で喜んだのは一瞬、当日夜の事件で学園の評判を落とされた。
学園長としてのランコーの経歴に傷が付いたのは間違いない。
ここまで来たら自らの手で報復しないと気が済まなかった。
本人は自覚していないが、大精霊と契約した教え子への嫉妬も混じっている。
「工房のゲート、これはグラン・シルフの仕業ではないのか?」
体調不良のルークスは感情の抑制が効かないが、精霊たちは冷静だった。ウンディーネのリートレが明言する。
「井戸から水を運ぶのに、開けている暇が無かったので水圧で破りました」
「ウンディーネ一体でこれを? 信じられん」
「今ここで再現しましょうか?」
にこやかな威圧に学園長は気圧された。
「それには及ばない」
ルークスの火傷がかなり治っているので「実際には軽かったのでは?」と難癖としか言えない質問をする。
「筋肉に達していました。私もこれほど酷い火傷を治すのは初めてです」
「ルークス・レークタ君、君に尋ねているのだよ。君は水精科の科目を選択していないそうだが、何故これほどの治療ができたのかね?」
「僕は何もしていません。リートレがやってくれただけです」
「水圧にせよ治療にせよ、ウンディーネ一体がやったとは思えぬ」
「僕は意識が朦朧としていたので、何か指示できる状態ではありませんでした」
「指示なしで、ウンディーネが勝手にやったなどとは信じがたいな」
「ルークスちゃんを助けるのに、彼の指示なんていりません。言われなくても助けます」
リートレの発言は重要である。精霊は嘘をつかないから。
「君は契約精霊なのに、契約者の指示なしに力を行使するのかね?」
「あなたの契約精霊は、あなたが死にそうな時でも指示されなければ助けないの? だとしたら精霊が契約の解消を望んでいる状況ね。そこまで関係を悪化させるなんで、よほど精霊に嫌われるような事をしたのかしら?」
「わ、私の事は関係ない!」
逆に問われランコー学園長は感情を露わにした。
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