魂を持つ者

「ノンノーーン!!」

 ルークスは跳ね起きた。炉に駆け寄り両手でそっとノンノンをすくい上げる。

 鉄部に触れまた皮膚が焼けたが、何も感じない。

 感じるのは、両手の中にいる土精だけ。

「ノンノン……良かった……生きていた……」

 ノンノンはうつむいて言った。

「失敗……したです」

「失敗なんて何もないよ。だって君はここにいるじゃないか」

 嬉し涙がとまらない。ルークスはノンノンに頬ずりした。

 しかしノンノンは困っていた。消えなければならないのに、失敗をルークスが喜んでいるのだ。

「ノンノンは、いなくなるしないといけないです」

「行かないでくれ。どこへも行かないでくれ」

「でもでも、ノンノンがいると、ルールーはノームと契約を考えるないです。ノンノンはルールーの夢を叶えられない役立たずです。だから、いなくなるしないといけないです」

「僕はノームに嫌われている。僕を受け入れてくれた土精は君だけなんだ。僕には君しかいない。君だけが希望なんだ、ノンノン。君がノームになってくれる、それだけが僕の夢を叶える方法なんだ。だからどこへも行かないでくれ」

 家族がいなくなるなど、ルークスにはもう耐えられない事だ。

「ノンノンは、いてもいいですか?」

「いてくれ。ずっと一緒にいてくれ。どこにも行かないで。お願いだから」

 涙まじりに訴えるルークスにノンノンは何度もうなずいた。

 ノンノンには難しい事は分からない。だがルークスの願いを聞く事が、何より一番にやるべき事だとは理解した。

「分かったです。ノンノンはずっとルールーのそばにいるです」

「良かった」

 安堵のあまりルークスはノンノンを手に抱いたままへたり込んだ。


 ルークスに頬ずりされるオムを、サラマンダーの娘は呆然と見つめていた。

 土など欠片も無い灼熱の炉に放り込んだのだ。土の下位精霊が存在できるはずがない。

「この痴れ者め」

 風の大精霊がカリディータの隣に舞い降りた。

「貴様は新参だから知らぬようだが、あの小さなオムは魂を得ているのだぞ」

「魂……だと?」

「そうだ。主様と心を通わせ、魂を得たのだ。知っておろう? 魂を得た精霊は不滅になる事を。それは下位精霊だろうと上位精霊だろう変わりはない」

「不滅……なのか」

 信じがたいが、オムが無事である以上そうに違いない。

「でも、ルークスは必死に、て言うか死に物狂いで助けようとしたぞ」

「それが主様だ。精霊を家族のように大切に思ってくださる。あそこで冷静に状況を見る人間になど、我らがここまで惹かれるはずがなかろう。貴様とて、だから契約したのであろうが」

「ああ、そうだった。そういう人間だったな」

 一見大人しいが、内に常人を越えた熱いものを持っているのがルークスなのだ。その熱に惹かれた事をサラマンダーは思い出した。

 インスピラティオーネが声を鋭くした。

「時に、ノンノンに『役立たず』と言ったようだな? 主様の夢を叶える役に立たぬと」

「事実だろ」

「役立たずと言うならば、貴様の方が役に立たぬではないか」

「あたしはサラマンダーだ。ルークスの夢を邪魔する奴を焼き尽くすのが――」

「いつ主様がそのような事を望んだ? 主様の夢はただ一つ、ゴーレムマスターになる事。貴様は微塵も役に立っておらぬではないか。それどころか主様の夢を邪魔までした」

「ノームが使えないんじゃゴーレムマスターにはなれない。だったら、そんな夢を諦めれば――」

「貴様は何様か!? 何故貴様を満足させる為に、主様が夢を諦めねばならぬのだ!? 貴様はルークス・レークタの主人にでもなったつもりか!?」

 その指摘は痛かった。その為なおさらカリディータは憤った。

「じゃ、じゃあ風の大精霊様はお役に立っているのか?」

「立っておらぬな。そよ風ほども役に立っておらぬ。我らは等しく、主様の夢を叶えられぬ役立たずよ。少しでも夢に近づけているオムに及ばず、恥ずかしいかぎりだ」

「だ、だったら――」

「だからと言って、主様を操ろうなどと思い上がるでない。そのような真似などしたら、それこそ上位精霊の名折れよ。我は主様の夢を変えようなどとは微塵も思わぬわ」

 器の大きさを見せつけられ、カリディータの焦燥感がいや増した。

「じゃあ、ルークスは何の為にあたしらと契約したんだ? ろくに働かせないじゃないか!」

「ほう。貴様は神殿の人間が言うように、人間の従僕か家畜になるのが望みか?」

「んなわけねえけど、いくら何でも使わなさすぎだろ?」

「それを主様に言ったか? 使ってくれと頼んだか?」

「え!? いや……それは……」

 カリディータは言葉に詰まった。

 あのルークスの性格だ。頼めば使ってくれるのは火を見るより明らかだ。

(頼まなかったからルークスはあたしを使おうと思わず、それであたしは燻っていたのか?)

 それでは非があるのが自分になってしまう。カリディータには認めがたかった。

「でも、それがサラマンダーだってくらい、精霊使いなら知っていて当然だろ」

「一般論がそうであっても、貴様もそうだとは限るまい。え、カリディータよ」

「な、何だと?」

「主様は一度たりとも、我らを十把一絡げに『精霊』扱いなどした事もないぞ。他がどうあれ、自分がどうなのかを主様に伝えておらぬでは、貴様の焦燥など理解されようはずもない」

「そんな……それって……」

 あまりの事にカリディータは驚いていた。

「人間は、もっと大雑把で、個々の精霊の区別なんかできないだろ?」

「貴様の目には主様が、十把一絡げの人間と同じに映ったか? なるほど、それで他の人間同様に『ちょっとしたつまづき』で夢を変えると思ったか。このたわけが!」

「だ、だって……そんな人間……なのか?」

「確かに風変わりではあるな。貴様より随分と長く世界を吹き渡ってきたが、主様のような人間は初めてだ。だからこそ、お側にいて楽しい」

 グラン・シルフは自らの胸を抱いた。

「貴様も、魂を宿せば分かるであろう」

 その言い方、仕草にカリディータの胸に嫉妬の炎が燃え上がる。

「それで、魂を宿したあんたらは、ルークスが夢を叶えられないまま寿命が尽きちまうのを、ただ見送るつもりか?」

「それを言われると辛いな。我らにできるのは、ノンノンがノームに育つ手助けくらいか。せめて、邪魔はするな」

「だから、その前にルークスの寿命が来ちまうって言ってんだ!」

「精霊が時間を気にするくらい、カリディータちゃんもルークスちゃんが大好きなのね」

 ルークスの治療を終えたウンディーネが茶化した。

「横からしゃしゃり出てくんな」

「水を差すのは得意だから。ルークスちゃんを不幸にしたくない気持ちは分かるわ。でもだからって夢を諦めさせたら、もっと不幸になってしまうのよ」

「じゃあ、このままただ見送るだけか!?」

 焦燥感に身を焦がすカリディータを、リートレは不思議そうに見る。

「どうしてそんな簡単に諦めるの?」

「どう考えたって不可能だからだ」

「本来なら人型を作れないオムが、小さいながらゴーレムを作れたわ。それって不可能が可能になったって事でしょ? なら次はもっと凄い不可能が可能になるわ」

「楽天的過ぎるぜ」

「だって、ここから尽きる事なく力が湧いてくるから」

 胸を抱いて言うリートレに、カリディータは愕然となった。

「まさか、お前も魂を?」

「ええ。私が一番最初なのよね。ルークスちゃんから魂をもらったのは」

 風水土の三属性の精霊が魂を得ていて、風に至っては上位精霊だ。

 だのに火の自分だけがない。

 カリディータは魂ではなく疎外感を抱いた。

 反論が止んだので風の大精霊は告げた。

「サラマンダーよ、お前はまず主様に言うべき事がある、とは理解しておろうな?」

 それ以上抗う火種もなく、カリディータはうな垂れた。


 ルークスはアルタスの肩を借りて歩きだした。全身に力が入らず、両手や顔などが酷く痛む。

 それでもノンノンがいる左肩と、小さな手が触れる左頬は痛くない。

 二人に炎が消えかけたサラマンダーの娘が近づいてきた。

「すまなかった、ルークス。あたしが間違っていた。ノンノンには本当に悪い事をした」

 ルークスは苦痛をこらえて言葉を探す。

「今は、頭が働かない。君とは後でゆっくり話したい。ただ、一つ約束してくれ。害してはいけないのは人や物だけじゃない。精霊もだ」

「分かった」

 リートレも来て反対側を支えてくれたが、家に戻るまでにルークスは再び意識を失ってしまった。

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