破門宣告
神学教師アドヴェーナは再度命じた。
「私の講義で精霊を教室に入れる事は許さない。外に出しな――」
「お断りします」
言い終わる前にルークスは拒否した。
未成年の、しかも平民による
さらにルークスは言った。
「恋する人間を精霊界に引き込むなんて、おとぎ話じゃないですか。実際にそんな事なんてありませんよ」
それは神殿の教えに対する反駁であり、神への反抗と見なされる行為だった。
アドヴェーナにとり神殿の教えは絶対である。反論するなど許されない。
「実際にあったから私が教えているのだ!」
「どうしてそれを知っているんですか? だって引き込まれた人は死んだ訳ですよね? 誰が証言したんですか?」
たちまち神殿の教えが破綻してしまった。だがそんな事実は認められず、アドヴェーナは言い訳をひねり出した。
「そ、それは、第三者が引き込まれる所を見たのだ」
「だとしたら、目撃者はどうやって移動先が精霊界だと確認したんですか? どうやって死んだ事を知ったんですか? まさか精霊が死体を戻して自供したとでも?」
「そ、それは……」
苦し紛れの虚言は、論理的な指摘に瞬時に潰された。
その事実からアドヴェーナは逃避しはじめる。
「か、神の教えを、詭弁で腐すとは、何と野蛮な。これだから平民は、度しがたいのだ」
一人語りを無視して、ルークスはさらに精霊を弁護する。
「大体『人間が精霊界では生きられない』なんて、人間の側にいる精霊なら知っていますよ。少なくとも精霊界に引き込めるぐらいの力を持つ精霊なら。死ぬと分かっているのに引き込むなんてあり得ません」
「だから、精霊をあまりに近づけていると、そういう間違いが起きるのだ。だから、必要以上に精霊を近づけてはいけないのだ」
「間違いで友達を危険に遭わせる精霊なんているんですか?」
「精霊が友達だなんてとんでもない! だから私の講義を聞きなさいと言っているのだ! 主従関係を間違えてはいけないのだ! 人間が主人で、精霊は従僕なのだ!」
ルークスの表情が険しくなった。
「なんでそんなに偉そうなんですか。人間は何もしない。してくれるのは精霊じゃないですか。感謝こそすれ、従えるなんて思い上がりじゃないですか」
疑う事さえ許されない絶対な神の教えを否定され、アドヴェーナはキレた。
「人間は神より精霊の管理を託されているのだ! これは神の教えだ! 貴様は間違っている! 精霊など――」
危険を感じた級長のフォルティスが立ち上がった。
「アドヴェーナ先生、彼は体調不良の為冷静ではありません。しばし時間をください」
しかしその取りなしをアドヴェーナは発言妨害に受け取り、さらに激高した。
「黙れ! 平民ごときに好き放題言わせるほど私は落ちぶれてはいない! 人間は管理者だ! 精霊は家畜のごとく従っていれば良いのだ! これは神の決定だ!!」
ルークスは歯を食いしばった。ここまで嘘によって精霊を侮辱されたらもう退けない。意を決して友人に呼びかける。
「インスピラティオーネ」
すぐさま風の大精霊が頭上に現れる。
「主様、こちらに」
「人間は神から精霊の管理を任されたそうだけど、神様から何か言われている?」
「神が精霊に『人間に従え』などと言った事実はございません。我々精霊が人間に力を貸すのは、
生徒たちがざわめいた。
今、神殿の教えが明確に否定された。それが大精霊なのだから事は重大だ。
その事実をルークスは前々から知っていた。しかし黙っていた。
事実をありのままに話すと人間は怒りだすものだし、特に神殿関係者はキレやすいと知っていたから。
喧嘩さえ売られなければ、事実の暴露など考えなかった。
だが神殿から使わされたアドヴェーナは引き下がらない。
「その精霊は嘘をついている! 神の教えを否定するなど、悪魔に魂を売ったに違いない!」
全ての生徒が息を飲んだ。
今、新任教師は致命的な発言をしたのだと、生徒たちは認識した。
精霊使いとして大前提の常識を、その教師を持っていないという事実と共に。
グラン・シルフは頭を振った。
「主様、この小者は話になりませぬ。
「僕も呆れたよ。新任とはいえ酷すぎる。こんな人を送って寄越すなんて、神殿は精霊士学園を軽く見ているんだね」
前々から嘘を教える神殿を「敬して遠ざけてきた」ルークスだが、今はっきりと分かった。
神殿は「敬するに
自分への低評価をアドヴェーナは直視できなかった。無意識に「評価された対象」をすり替える。
「貴様、神殿を侮辱するとは許さんぞ!」
アドヴェーナが指を突きつける先で、ルークスも立ち上がり指を突きつけ返した。
「僕こそ許さない。友達を嘘つき呼ばわりした事を。精霊を貶めた事を」
司教が指させば誰もが震え上がって怯えるのに、通じないどころか正面切って返されてアドヴェーナのプライドが回復不能なほど傷ついた。唾を飛ばしてがなり立てる。
「貴様など破門だ! 神の加護を奪ってやる!」
それは死刑判決以上に恐ろしい宣告だった。
破門されれば死後墓地に埋葬される事も許されない。死体はうち捨てられ野獣に喰われ、魂は地獄で焼かれるのだ。
「それが嫌なら平伏して詫びるが良い。身の程を知るにはその程度でもまだぬるいわ。平民が貴族に物申すなど、神が許さぬ!」
暴言の数々にルークスの忍耐も限界が来た。
「嘘つきが言う加護なんて、無くても構わない」
生徒たちが息を飲むなか、ルークスは言い切った。
「神の加護が無くても、僕には精霊の加護がある!」
それは神殿への決別宣言だった。
神という絶対の力が跳ね返され、アドヴェーナは思考停止してしまった。
時間が凍り付いた教室の中で、唯一動いたのがグラン・シルフだった。ルークスの足下に降り立ち、片膝を着いた。
「我が身命を賭して、御身をお守りする事を誓いましょう。『加護』に恥じぬだけの働きをいたします、我が主よ」
「いいよ、今さら。いつもやってくれているのに」
「物事にはけじめが大切でございます。その手を、我が頭にお翳しください」
言われるがままにルークスはインスピラティオーネの頭に手をかざした。
それはあたかも、主人が従者に応える仕草だった。
インスピラティオーネの胸に熱く脈打つ物が生まれている。
数千年の時を重ねた大精霊は人間と言う種族を知り尽くしたと思っていた。
その枠を軽々とルークスは跳び越えたのだ。信仰という虚構から脱し、精霊という現実を選択して。
ルークスは精霊に依存する人間ではない。
逆に精霊を当てにしなさすぎるくらいだ。誰よりも多く精霊の力を使えるにも関わらず、ノンノンを除けば「友達付き合いしているだけ」である。
にもかかわらず神殿よりも精霊を選んだのだ。
それがインスピラティオーネには、たまらなく嬉しかった。
――信頼――
それがルークスの最大の美点である。
精霊にとってはそれが一番魅力である。
騙し騙され合う人間の中で、ルークスは疑う事なく精霊を信頼してくれる。
何と愛おしい者であろうか。
シルフは自在に飛び回るのが本質である。それはグラン・シルフでも変わらない。
だがインスピラティオーネは、ルークスの側に留まる事を選択した。
この風変わりな人間を見ていたいと思って。
その選択が間違っていなかったと、今確信した。
喜びと力とが内から湧きでてくる。
(なるほど、これが――)
立ち上がったグラン・シルフは高らかに宣した。
「ルークス・レークタは我が加護の元にある。害する者には風が災いすると知れ」
あまりの展開に生徒たちが硬直している中で、アルティは机に突っ伏したまま震えていた。
生徒たちによる苛め、貴族との決闘を乗り越え、やっと安心できたと思った矢先に教師の、しかも神殿を代表する者の激怒を招いてしまった。
――破門――
ルークスは社会的生命も、死後の安寧すらも失ったのだ。
彼が今後どうなるか、想像するだけで恐ろしい。
アルティは恐怖に震えるしかなかった。
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