神学教師との衝突

 昼休み、寮から戻ったヒーラリがアルティに報告する。

「風精科選択者を中心に、ルークスの評判が狼煙のごとく上がっているっすよ。気がかりなのが女子ばかりってところなんすが」

 男子はまだ騎士団入り拒否を根に持っていたのではなく、そこから抜ける事で「裏切り者」扱いされるのを恐れているのだ。

「アルティの心中は穏やかじゃないな!」

 暴走するカルミナの頭に、にこやかにクラーエが鉄槌を下す。

「あれだけシルフを使役しているのですもの、見習いたくなるのは自然でしょう?」

「その秘訣を聞くよう、あちこちから頼まれたんすよ」

「そりゃ本人に聞いてよ」

「あのルークスからゴーレム以外の情報を引き出すなんて、結構難しいと思うんすよ。時間がかかって、その間彼の側にいる事になるんすが、良いっすかね?」

「何で私にそんな許可を求めるの? 好きに聞けば良いじゃない」

「正妻の許可なしで異性が近づくのは問題だからな!」

「正妻違う!」

 アルティの反論はクラーエの突っ込みより早かった。

「そういや、アルティと一緒じゃないときって、ルークスはどこに行っているんすか?」

 質問しようにも教室にルークスの姿が無い。

「友達なんていないのにな!」

「そういう事は口にしてはいけませんと、何度言ったら覚えるのかしら?」

 クラーエは両拳でカルミナのこめかみをぐりぐりした。

「いだだだだ」

「多分、ナンパよ」

 アルティの説明に、友人たちは驚く。

「冗談きついっすよ」

「嘘だ!」

「まあ」

「ただし、精霊のね」

 ルークスはゴーレムに没頭していない時は、たいがい精霊とおしゃべりをしている。それがアルティの不満になっているのだが。

「人間の友達がいないからって、精霊としか遊べないなんて虚しいな!」

 暴走ポニーの頭に落ちたのは、今度は拳骨だった。

「いくらなんでも言い過ぎですよ?」

 口調は穏やかだがクラーエの眉は吊り上がって笑顔になりきれていない。

「痛いのだ」

 そのとき教室にルークスが戻って来たので、さっそくヒーラリが接触する。

「いやー、昨日は凄かったっすね。で、シルフと契約するコツってあるんすか?」

 単刀直入すぎる、とアルティは眉間を押さえた。

「君はもうシルフと契約しているじゃないか」

「それを増やしたいんすよ。ルークスみたいに」

「どうして?」

 ルークスの問い返しがまた予測の斜め上で、ヒーラリでさえ一瞬言葉を失った。

 精霊使いなら誰しも抱く「契約精霊を増やしたい」という気持ちが、ルークスには理解できないのだ。

「そりゃ、精霊使いにとって契約精霊の数は力っすから」

「その力で何がしたいの?」

「それは、今より凄い事ができるようになりたいんすよ」

「したい事もないのに力を借りようとか、ちょっと考え直した方が良いよ?」

 ヒーラリはすっかりしょげて戻って来た。

「ね? ルークスからゴーレム以外の情報を聞くのは難易度高いんすよ」

 友人たちも頷くしかなかった。


                   א


 午後の必修科目は神学だ。

 神と世界に関する知識を身につける科目である。

 担当教師は精霊使いではないが生徒から軽んじられる事はない。貴族という事もあるが、それ以上に神殿庁から派遣された司教という肩書きが重かった。

 この教師に逆らうことは学園に逆らう事以上に、神殿に逆らう事を意味する。

 それはすなわち神に逆らう事なのだ。

 故に生徒たちも真剣な面持ちで、たとえ未熟であっても教師の弁に耳を傾けていた。

 若い男性教師アドヴェーナは大司教の薫陶を受けて派遣されたばかりの新任で、張り切って熱弁を振るっていた。

 神が天地を創造した事、風と水とで満たした事、生き物を散りばめた事、そして世界を維持する働き手として精霊を生み出した事。

「最後に天の主たる神は、それら精霊を管理するために人間を生み出しました。人間は神の現し身であり、世界の管理者なのです。ですので精霊を使役する精霊使いは、神の指先とも呼べる尊き職務であります。

「精霊使いとして、一番注意しなければならない事は、主従の弁別です。人間は主人であり、精霊は従僕なのです。過度な思い入れは厳に慎まなければなりません。

「愚かにも精霊に恋するあまり精霊界に連れ込まれ、二度と帰ってこなかった者もいるのです。精霊との関係は節度を保ち、敬して遠ざけるの精神を忘れないようにしなければなりません」

 一段落して、ようやく新人教師にも生徒たちの顔が見えてきた。

 扇型階段席を埋める少年少女を見渡していたアドヴェーナの目が、ある所で点になった。

 段の半ば右端の席で、机に突っ伏して居眠りしている男子生徒がいるのだ。

 しかも肩には「敬して遠ざける」べき精霊、小さな土精がちょこんと座っているではないか。

 アドヴェーナは指を突きつけた。

「その生徒を起こしなさい。隣の席の、赤い髪の女子」

 惚ける事もできず、アルティはチョークでルークスの脇を突いた。

「ん、何?」

「先生が怒っているわよ」

「ん? どうして?」

 とルークスは眠そうな目を教卓に向ける。昼食後の一番眠くなる時間帯なのだ。

 その間にアドヴェーナは座席表を見て名前を確認していた。

「ルークス・レークタ……そうか、君があの」

 鋭い視線をルークスに向ける。

「神学の成績が悪いようだが、原因はこれでハッキリしたな。真面目に受けないからだ。態度を改めたまえ」

「これの成績が悪くても構いませんから」

 とまた机に突っ伏そうとするのでアドヴェーナは怒鳴った。

「君は学問を侮辱するのか!?」

「侮辱しませんよ。何も聞きませんから」

「それを侮辱と言うのだ!」

 若い教師は教鞭で教卓を叩いた。

 ルークスはうんざりした顔で言う。

「今までそうしてきました」

「今まではそれが通じたかもしれないが、私の講義でその様な態度は許さないから覚悟しなさい!」

 深々とルークスがため息をつく態度が、アドヴェーナの怒りを煽る。

「講義を聞かずに精霊を不用意に近づけて、精霊界に引き込まれたらどうするのかね?」

 眠そうだったルークスの目が見開かれた。

「え? 精霊界に引き込む?」

「そうだとも。講義を聞かないからその程度の事も知らないのだ。過去にそのような事例があったのだ。だから精霊を身近に置くような愚行は止めて、外に出しなさい」

 途端にルークスの表情が強ばった。

 アルティが袖を引っ張るも、ルークスは気づきもしない。

 そしてルークスの口が滑らかに動きだす。

 もうアルティには止められない。彼女は机に突っ伏し耳を塞いだ。

 ここから先は見たくないし聞きたくもなかった。

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