第四章 事件

帝国の成立

 翌朝の学園は決闘の話題一色だった。

 だが勝敗に触れる者は少なく、シルフの数が論点になる事が多かった。

「そりゃそうっすよ。生徒のほぼ全員ルークスが負けると思っていたんだし、男子なんか大半がブーイングしていたっすからね」

 始業前、教室の片隅にアルティたちはいた。情報通のヒーラリが、寮で仕入れたネタを話している。

「教師でルークスの勝ちを予想したのは一人だけっす。ゴーレム構造学っすか? その女性教師だそうで」

「ああ、コンパージ先生ね」とアルティも納得する。「ルークスが『あの先生は分かっている』って評価していただけの事はあるわ」

「前の教師はボロクソに言っていたがな!」

 カルミナは今朝も暴走気味だ。

 前任の構造学教師は年のせいか間違いが多く、講義の最中ルークスに幾度も指摘されたものだ。そのプレッシャーに負けて引退したと、生徒たちは噂したものだ。

「私の見ましたところ、審判のマルティアル先生もルークスの勝利を予想していたと思いますの。だって全然驚きませんでしたし、相手が負けを認めるまで待たれていましたもの」

「聞いた話っすが、ルークスの親父さんの元部下だったらしいっすね。それもあるんじゃないっすか?」

 風精科のヒーラリはマルティアルとは面識が無いのだ。

「それはどうだろう?」

 アルティは考える。

「戦場を知っている人なら度胸が据わっているし、生徒が何をしたところで死人が出るわけじゃないから、慌てる事ないんじゃないかな」

「何言ってるんすか? 下手したら死人出ていたっすよ?」

「え?」

「ルークスの竜巻、制御間違えて観客巻き込んだら大惨事っすよ」

「そうなの!?」

「ルークスはシルフを徐々に増やしたじゃないすか。いきなり強いのかまして暴走しないようにしていたんすよ」

「あ、そ、そうなんだ」

「あらあら、アルティはもっとルークスの事を理解していると思っていましたのに」

「油断したな! アルティは正妻の座にあぐらをかいたんだ!」

 クラーエは返す刀で暴走ポニーの脳天をチョップした。

「にしても、これだけ風精との相性が良いとなると、ルークスがゴーレムマスターになるのは、やっぱり無理っすかねー?」

 ヒーラリの指摘にアルティも同意せざるを得ない。

「ルークスがノームに嫌われる度合い、凄いから。ノームと仲良くしようと、地面に穴掘って籠もっていた事があったわ。何日も。そうしたらノームたちが『地面の下に風を送り込みやがって』と怒って、ルークスを生き埋めにしたの」

 父親が契約精霊を使って掘り返さなければ命に関わったろう。

「ルークスがゴーレムマスターになるなんて、やっぱり無理だな!」

 カルミナが暴走するも、リアクションが無い。

 クラーエは突っ込みを忘れるほどの疑問に捕らわれていたのだ。

「それだけノームに嫌われているのに、何故ノンノンちゃんはルークスといつも一緒にいられるのかしら?」

「あ……」

 それはアルティにも盲点だった。

「ノンノンは下位精霊のオムっすよね。ノームより弱いのに、なんで風が平気なんすかね」

 その疑問は土精科を選択している三人にも解けなかった。


                   א


 一限目は必修の世界史で、サントル帝国の成立を初老の男性教師プリミティーバが講義している。起伏がないしゃべりに生徒たちは退屈していた。

「サントル帝国を語るにはラペイ王国から始めるのが適切でしょう。かの国は大陸の中央部に位置する内陸国でした。周囲七カ国と婚を通じて友好を結び『平和の中心』と称されていました。戦争が少ない為に税や軍役も少なく、安定した治世が続いていたのです。

「しかし一部の煽動者が王侯貴族の暮らしを『贅沢だ』と糾弾し続けた結果、民衆に不満が高まり、七百八十九年五月に首都で民衆蜂起が発生しました。

「この時の国王の対応は何と呼ばれましたか? シータス・デ・ラ・スーイ嬢」

 金髪を幾筋も縦巻きした勝ち気そうな少女が立ち上がる。

「愚かな平和主義ですわ」

「結構です。この年の七月、国王は圧力に屈し城門を開けてしまいます。雪崩れこんだ民衆は略奪狼藉を働き、放火までしました。歴史と伝統に彩られた城は焼け落ち、多くの王族や家臣が殺されました。城から逃れた国王は民衆に捕らえられ、放火の濡れ衣を着せられ処刑されました。そして民衆の代表と称する者が革命を宣言、新政府を樹立したのです。

「この政府を何と呼ぶでしょう? アルティ・フェクス嬢」

「ええと、革命政府?」

「違います。革新政府です。王城襲撃の翌日に革新政府はラペイ共和国樹立を宣言、新たな法律を公布しました。こんな真似は事前に準備していなければ不可能です。つまり、不満の煽動から王城襲撃まで一連の革命行為は仕組まれた権力簒奪計画だったのです。

「この革新政府を率いたルマル・サングリーエこそ革新主義者の源流と言われる人物です。この革新政府は統治能力が皆無でした。やった事は民衆に武器を与えて領主ら貴族を襲わせ、その富を奪って配るだけです。

「しかし知っての通り、王侯貴族は財産を築城に費やすのが常です。その城を素人が襲うのですから大量に犠牲が出ました。また落城させたところで、民衆が夢見た金銀財宝が詰まった宝箱などありません。美術品や装飾品も買い手は貴族しかいませんし、その貴族を民衆は殺していたのです。

「僅かばかりの金貨などの分配は不公正で、革新政府の関係者だけが富み、民衆の不満は革命前より高まりました。ようやく民衆は『自分たちは悪党に利用された』と知ったのです。

 教師は黒板の最初に戻った。

「ラペイ王国は周辺諸国と姻戚関係にありました。つまり周囲七カ国の王侯貴族の多くが、殺された王族の身内だったのです。当然怒りました。また多くの貴族が亡命して革新政府の無法を訴えたので、ラペイ共和国は建国を承認されるどころか、周辺諸国から厳しく糾弾されました。各国の使者は革新政府の暴虐を非難し、領主に領地と財産を返還するよう要求したのです。

「これに革新政府はどう対応したでしょう? カルミナ・テローレ嬢」

「分からないぜ」

「少しは考えなさい。自分たちの正義を否定され、怒った革新政府は使者を皆殺しにしてしまいました。これは宣戦布告に等しい敵対行為です。各国は直ちにラペイ王国解放を宣言、軍を編成し始めました。そう、周辺国は革新政府を国家と見なさず、賊として討伐する事にしたのです。

「これに慌てた革新政府は領主を襲わせる為に集めた国民をまとめ、軍を編成しました。しかし軍事知識が無い政府は訓練もまともにできず、行進くらいしか教えられません。だのに『兵はしごくものだ』と思い込み、無闇にいたぶりました。

「これと平行して兵糧を集める為に、村々から食料を集めました。根こそぎです。当然抵抗する者が続出しましたが、全て『敵国の間諜だ』として処刑し、その死体を豚に食べさせました。

「こうした非道に怒った兵たちは教官を襲い、武器を奪って反乱を起こしました。反乱軍は他の訓練所も解放し、たちまち一万の軍勢になります。途中で集められた糧食を奪いつつ進撃、首都に迫ります。革新政府は手勢をかき集め、首都の郊外で待ち構えました。

「この後、両軍はどうなりましたか? ルークス・レークタ君」

「革新政府軍には確認された限りでゴーレムが三基配備されていました。主に物資運搬の任に――」

「ゴーレムの事など聞いていません!」

 プリミティーバは教鞭で教卓を叩いた。

「革新政府軍の背後から首都の民衆が襲いかかり、反乱軍と戦う前に革新政府軍は敗走しました。政府の要人たちが逃げだしたので、反乱軍は無血で首都に入城、解放を宣言しました。

「こうして成り行きで権力を握った反乱軍ですが、政治が分かる者はいません。残っていた役人たちに実務を任せ、自分らは『共和政府』と称し、官職を割り振っただけでした。

「さて、首都から逃げだしたサングリーエら革新政府の要人たちはどうしたでしょう? ヒーラリ・ルーモル嬢」

「使者を殺した国に逃げこんだっす――あ、逃げ込みました」

「まあ正解です。自分たちが使者を殺した国に命乞いをしたのです。当時存在したアコーテ王国ですが、彼らを共和政府に引き渡す事もできました。しかし、そうはしません。ラペイ共和国の政府として扱い、各領主や親族への領土と財産の返還を約束させたのです。皮肉にも国から追い出されて、初めて革新政府は国家として認められた訳です。これに周囲七カ国も同調しました。

「さて、何故各国は共和政府ではなく革新政府を選んだのでしょう? フォルティス・エクス・エクエス君」

「共和政府に当事者能力が無いと判断したからです。また略奪を働いたのは革新政府であり、償いを約束させるべき加害者でもあったからです」

「大変よろしい。先述したように共和政府は成り行きで権力を握った素人なので、意思決定の仕組みも責任者も曖昧でした。その点革新政府は権力簒奪を企めるくらいは思考力を持ち、指導者もいただけマシだったのです。こうして各国は亡命貴族に領土を取り返させる見返りに、その領地を自国に編入しました。

「これには共和政府が納得しません。徹底抗戦を訴えます。そこで各国は動員していた兵を動かしました。出兵です。向かえ撃とうにも共和政府はまとまれず、離脱者が続出して瓦解、首都を放棄しました。

「出兵した七カ国の軍は首都に集まり、革新政府にラペイ共和国の廃棄と各国への領土編入を宣言させました。最後に各国はサングリーエら革新政府の指導者たちを解放しました。怒れる民衆の中に。彼らはかつて自分たちがやったように八つ裂きにされ、死体は豚に食べさせられました。民衆蜂起から一年足らずで革新政府は滅び、ラペイ王国の歴史は終わりました。

「さて、この領土編入で問題が起こりました。これをクラーエ・フーガクス嬢」

「ええと、領土が入り乱れた事でしょうか?」

「まあ良いでしょう。各領主が自分の伝手で亡命したため、各国の領土は飛び地ばかりのモザイク状になりました。これは各国とも不本意です。しかし国境線の引き直しは戦争を招くので手つかずのまま、一世代が過ぎました。

「この頃に旧ラペイ王国の各地で起きた動きを、ワーレンス・マリシオス君」

「何か動いたんでしょ」

「君はもっと勉強しなさい。祖国復活運動です。民衆は自分たちが滅ぼしたラペイ王国を、今度は復活させようとしたのです。分割統治という不便は移動する商人など一部の民の不都合です。しかし税と軍役の増加は全ての民に不都合でした。ラペイ王国時代より二~三割も増えたとされます。とはいえ七カ国の他の領地とそう変わりません。それだけラペイ王国では民が恵まれていたのです。

「より不遇な目に遭って初めて、自分たちが恵まれていた事に民衆は気付きました。だから復活を望んだのです。しかし民衆に屈して国を滅ぼした王家の復活など、どの諸侯もどの国も望みません。また領主にとり民衆は裏切り者です。かつてのような優しい統治は消え、運動は徹底的に弾圧されました。

「運動は地下に潜り、横の連携が生まれました。中核となった者たちは『革新主義者』と称し、情報や資金を集め、人脈を広げてゆきます。そして周辺国同士の争いに乗じて武装蜂起しました。

「このときの指導者を、デクストラ・エクス・オブセキューム嬢」

「アンシティです」

「正解です。後の初代皇帝アンシティ・アスチュースは巧みな駆け引きで代理戦争の形で周辺国と戦い、地歩を固めてゆきます。各国が気付いたとき、複数の領地をまとめた小さな核が生まれていました。

「アンシティはサントル共和国の樹立を宣言、各国に独立承認を求めます。そして断った国の領地に攻め込み、認めた国の領地は安堵する形で領土を広げます。

「世代が交代した七カ国は、かつて革新政府に共同して対抗した関係ではなくなっていました。各国が牽制し合う中、かつてのラペイ王国の領土を取り戻したアンシティは、八百十七年にサントル帝国の樹立と皇帝即位を宣言しました。

「それだけに留まらず、七カ国への報復を始めます。そして全て滅ぼし併呑してなお、侵略の手を止めません。その後百年にわたり、侵略と小休止を繰り返し、帝国は領土を広げてゆき、ゴーレム大戦へと流れてゆくのです」

 そこで終業の鐘が鳴り、生徒たちは退屈な講義から解放されてやっと息をぬけた。

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