昼休み中断

 精霊士学園には生徒寮が併設され、他地域出身者はそこで暮らしている。

 もっとも貴族と平民とでは寮舎が別だ。貴族の生徒たちは実家から使用人を連れてきて、不自由無い生活をしている。

 昼休み、寮住まいの生徒は昼食に戻るが、フェルーム出身の平民・・は教室で弁当を食べるのが通例だ。

 町は王の領土で、貴族と言えば騎士くらいしかいない。そしてその子は人脈作りの為に寮に入っているのだ。

 教室には七人の生徒がいるが、ルークスのそばには幼なじみのアルティしかいない。

 アルティの友人たちは皆寮住まいで、ルークスには友人と呼べる人間はいない。むしろ避けられている。貴族に睨まれているルークスの巻き添えを恐れているのだ。だから男女で分かれ、それぞれ固まっていた。

 しかしルークスはそんな事は気にせず、上機嫌で弁当を頬張っている。

「随分とご機嫌ね」

 アルティが指摘すると、彼は笑顔で答える。

「小さいけどノンノンがゴーレムを作れたからね」

「へえ」

 アルティが見ると、ノンノンはルークスの肩でビシッと敬礼した。

「頑張ったです」

「うんうん、ノンノンは本当に頑張っているねえ」

 ルークスの無茶な夢に延々と付き合っているオムの幼女には、アルティも感心するしかない。

 そこに第三の人間がやってきた。

「隣良いかな?」

 中等部一の美男子と噂されるフォルティス・エクス・エクエスだ。称号エクスが示すように貴族、騎士階級である。

 寮住まいだがフォルティスは時折使用人に弁当を作らせ、教室で食べる者たちと席を一緒にする。

 弁当派の女性徒三人が羨望の眼差しを向けるが、近づいてくる事はなかった。

 フォルティスを交えて食事をしていると、シルフが飛んできた。

「ルークス・レークタ。学園長が呼んでいる」

「食べたら行くよ」

 そう言ってシルフを返し、薄パン包みを食べ続けるルークスの手を、アルティは止めた。

「さっさと行きなさい。どうせさっきのサボリの件でしょ。せいぜい叱られてくるのね」

「えー?」

「アルティちゃん、いじわるですー」

 ルークスの肩でノンノンが頬を膨らませた。

 構わずアルティは言う。

「食事は用が終わってから」

 不承不承ルークスは弁当をカバンに戻して教室を出た。

「絞られてくると良いんだわ」

 苛ついたままアルティが言うと、フォルティスが言葉をかけてきた。

「残念ながら、その期待は外れそうだ。彼は叱られる為に呼ばれたのではないと思うよ」

「なら、どうして学園長がわざわざ?」

 アルティは普通に尋ねたが、平民にそんな真似を許す貴族はフォルティスだけである。

 フォルティスは平民も分け隔て無く接する、稀有な人格者なのだ。

 彼が級長に収まったのは、貴族平民双方から信用を勝ち得ているからなのは間違い無い。

「学園長には客が来ていた。恐らく、ルークスに用があるのだろう」

「そんな程度で学園長が――ひょっとして偉い人?」

 アルティは声を潜める。フォルティスは軽く頷いた。

「とはいえ貴族としては下位だ。騎士だからね」

「知っている人?」

「父の部下だ」

「って――騎士団の?」

 アルティは目を見張った。

 フォルティスの父親フィデリタス卿は騎士団長である。

 騎士は貴族としては下級だが、騎士団は国王直轄なので下手な上級貴族より国政への影響力が強い。

 しかも国王が出陣する際は身辺を固めるとあって精鋭揃い、ゴーレム大隊と並ぶ主力部隊と言える。

 次男のフォルティスは家督を継ぐ必要がないので、精霊士学園で精霊使いの資質を伸ばしている。中等部では現在主席だ。

「騎士団がルークスに何の用?」

「中等部の五年ともなれば進路を考えねばならない。彼のゴーレムマスターへの夢は残念ながら無理そうだ。となると高等部は無理だろう。卒業となれば、風の大精霊と契約している彼を軍が放っておくはずがない。即戦力だから、卒業後即兵役だろう」

 彼はため息をついた。

「そこまでは分かっていたが、まさか騎士団が手を出すとは」

「軍とか騎士団って、そんなにグラン・シルフが欲しいの?」

「学園での評価は低いが、シルフは戦場では必須だ。特にグラン・シルフは戦局を左右する力がある」

「そうなんだ」

「どれだけ強力なゴーレム部隊を揃えようと、敵の位置や規模が分からねば動かし様がない。そうした敵の偵察や味方同士の連絡を担うのがシルフだ。さらにグラン・シルフともなると近辺のシルフなど、未契約のシルフを大量に動員できる。そうしたシルフによって『自分に従わない』シルフを邪魔できる。つまり敵の偵察や連絡を妨害でき、こちらが一方的に攻撃できる態勢を作れるのだ。それに加えてシルフが増えるほど、風による攻撃や防御の威力も増すからね」

「シルフって凄いのね」

 アルティは驚いた。

「それよりフォルティスがそれを知っている事に驚きよ」

 ノームと契約しているフォルティスは当然ながら土精科を選択している。だのに実にシルフを良く知っている。

「お褒めの言葉に感謝。と言うわけで、ルークスは一人で騎士団に匹敵する戦力を有していると言えるだろう」

「あのルークスが? でも騎士団は騎士でないといけないんでしょ?」

「平民を騎士に叙任する例はある。しかし勲功無しでは異例だ。それだけ彼を買っているのは、父かあるいは――いや、憶測は止めよう。彼は自分の才能を正当に評価してくれる人の元で働くのが一番ではないかな。そして軍より騎士団の方が待遇が良い事は確かだ」

「ルークスが騎士ねえ」

 アルティは腕組みして考える。

 ルークスが鎧兜に身を固め馬に跨がる姿はどうにも想像出来ない。

 そして考えるほど不安が湧いてくる。

「やっぱり心配だわ」

「心配はいらないさ。他国はどうか知らないが、我が国の騎士団は実戦を経た者たちだ。彼の言動がいつものあれだろうと、問題にする事はなかろう」

 フォルティスはアルティが「ルークスが無礼を働かないか」を心配していると誤解した。

 だがアルティの心配は「ルークスが騎士団からの誘いを断らないか」なのだ。

 フォルティスの言う事はアルティにも理解出来る。だが理解と納得とは別であり、ルークスはかなり物分かりが悪いのだ。

 見た目とは裏腹にとても強情な事は、幼い頃から一緒に育ったアルティが一番知っていた。

 そしてその強情さは夢にだけ向けられている。

 ゴーレムマスターになるという夢に。

 その夢を諦め、グラン・シルフ使いとして騎士団に入るなど、アルティにはどうしても考えられなかった。

 なにしろ、あの・・あのルークスなのだから。

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