第二章 人と精霊と

騎士団からの使い

 九年前、リスティア大王国に侵略されたパトリア王国を、一人の英雄が救った。

 名はドゥークス・レークタ。

 ゴーレム大隊長を務める平民のゴーレムコマンダーである。

 彼は複数のノームと契約し、六基のゴーレムを操れた。

 しかし契約精霊の一体が土の大精霊グラン・ノームである事は、それ以上の意味を持っていた。


 ゴーレムは自律行動が基本であり、ノームが自ら考えて敵と戦う。

 だがノームには敵味方の区別がつかない。ゴーレムと同化していると精霊本来の力が削がれ、せいぜい契約者が同じであると分かる程度になってしまうためだ。

 そのため攻撃対象はコマンダーが後方から、土を媒介にして連絡し教えなければならない。

 ところが視界が悪い戦場や混戦になると、コマンダーが敵味方の区別ができなくなる。

 そうなると同士討ち覚悟で戦わせるか、戦場を離脱させるしかない。


 だがグラン・ノームがいると話は変わる。

 大精霊は契約者の命令に反しない範囲なら、下位の精霊に指示が出せるのだ。

 予め自軍のノームを大精霊に従わせるよう命令しておけば、戦場でグラン・ノームが「攻撃対象は我が指示に従わないノームだ」と指示するだけで、自軍の全ゴーレムが敵を識別できるようになる。

 あたかも「全ノームが一人の人間と契約した」かのようになるのだ。


 大隊長として五十基のゴーレムを率いたドゥークスは、二倍を超すリスティア軍のゴーレム連隊に突撃させ、混戦に持ち込むや一方的に攻撃した。

 慌てたリスティア軍がゴーレムを離脱させた所を各個撃破。

 一度の会戦で敵ゴーレムの半数以上を撃破した。つまり味方の総数以上を倒したのだ。

 さらにその夜、敵陣を夜襲して暗闇で敵味方の区別ができない敵ゴーレムを破壊し尽くした。

 侵略を仕掛けたリスティア大王国は、百を超すゴーレムを一日で失い、敗走するしかなかった。

 余勢を駆ったパトリア軍ゴーレム大隊は、国境にあったリスティアの陣地や砦を破壊し、次に戦う時は有利に攻撃できる態勢を作ってから休戦した。

 帝国包囲同盟の加盟国同士が全面的に戦ったこの戦争は、大方の予想を覆してパトリア王国の圧勝で講和会議を迎えた。

 その最中である。

 国を救った英雄ドゥークスが暗殺されたのは。


                   🗿


 学園長室に呼ばれたルークスは痩せた老人――ランコー学園長から高等部への進級を諦めるよう説明された。そして騎士を紹介されたのだ。

 騎士団から使わされたと言うビゴット卿は逞しい壮年男で、ルークスの父ドゥークス・レークタを知っていた。

 騎士はドゥークスが如何に卓越した軍人で、国を守る為に尽力したかを語る。

 そしてフォルティスがアルティに説明したように、風の大精霊が戦況を左右する力を持っている事を力説した。

 そうした精霊士学園では教えない軍事知識が学べる軍学校がある事と合わせて。

「どうかね? 中等部卒業後は軍学校へ行っては? 衣食住は支給され、給金も出る。そして卒業後は騎士団への道が開かれているのだ。父君が守った祖国を、共に守り続けようではないか」

 十代の少年をときめかせるには十分な口説き文句だ、とビゴット卿は自負した。

 騎士団は女王の直属で、王城に勤められる。平民が騎士になるには余程の功績を挙げねばならない。

 だのに何もしていない少年が、いきなり騎士になり、栄えある騎士団の一員になれるのだ。

 ましてや亡父の戦友からの誘いである。

 ビゴット卿は説得の成功を確信していた。


 対してルークスは、一方的な説明に困っていた。一番大切な事が説明されていないのだ。

「あの、質問よろしいでしょうか?」

 ルークスが問いかけると、やり取りを見守っていたランコー学園長が咳払いした。

 非礼をたしなめる痩せた老人に、ビゴット卿は笑みで応じ、鷹揚に質問を許した。

 騎士は礼儀より積極性が重んじられるのだ。

 許しを得たルークスは尋ねる。

「軍学校でゴーレムの勉強はできるのですか?」

 学園長から「高等部へは進めない」と言われた時から、ルークスの頭は「どこでゴーレムを学べるのか」でいっぱいだったのだ。

 これに困ったのはビゴット卿だ。

「学園長が説明したはずだ。ノームと契約できない君は、ゴーレムコマンダーにはなれないと」

「コマンダーになれなくても良いんです。ゴーレムマスターになれればそれで」

「それで戦場で役に立てるのかね?」

「戦場では敵をやっつけます」

「グラン・シルフの働きはゴーレム一基どころではない、と先程説明したではないか。一軍に匹敵する働きなのだぞ? だのに君は、その才能を祖国の為に役立てる気は無いと言うのかね?」

「やる気が無い人間が役に立てるとは思えません。僕はゴーレムマスターになる以外のやる気が無いんです」

「そんな我が儘を言っては、亡き父ドゥークス殿が天上で嘆くぞ。君は父の仇討ちをしたくはないのか?」

 それまで覇気など微塵も無かったルークスの中に、猛烈な怒りが沸き起こった。騎士を睨みつけ、食いしばった歯の隙間から声を絞り出す。

「僕を憎悪に走らせないでください」

 虚を突かれたビゴット卿だが、若者の闘志は望むものだった。

「その憎悪、存分に敵に向けるが良いぞ」

 その言葉が、ルークスの怒りの炎に油をぶちまけた。

「父と母を守れなかった騎士団が、他人事ですか?」

 これには騎士も怒った。

「騎士団への侮辱、許さぬぞ! たとえ英雄ドゥークスの息子であろうと――」

「騎士団は何をした!? 両親を守れなかっただけじゃない。犯人を死なせ、手引きした仲間も捕まえられず、事件をうやむやにした・・・・・・・じゃないか!!」

 部屋の隅でランプの炎が噴き上がった。ルークスの怒りに同調したかのように。

 天井まで達する炎の中から女性が現れた。

 炎を纏った真紅の娘――火の精霊サラマンダーのカリディータである。

「誰だい? ルークス坊やを怒らせたバカは?」

 いきなり現れたサラマンダーに、学園長も騎士も度肝を抜かれた。

「し、召喚の儀式も無しに? シルフの様に常にいる訳でもないのに」

 ランコー学園長の驚愕は、精霊使いとしての常識を凌駕された事に向けられた。

 一方ビゴット卿の驚愕は、無力と思っていた少年に一瞬にして命を握られた事に向けられた。

「こっちの見ない顔かい? 焼いちまおうか?」

 にやりとカリディータは笑った。友好的な微笑みではない。まるで獲物を前にした捕食者の舌なめずりだ。

 サラマンダーは穏やかとは言えない精霊である。契約者の意思一つで人間を焼き殺す。属性が火だけあり、精霊の中で最も攻撃的なのだ。

 さらに彼女は、ルークスの契約精霊でありながら、あまり使われない鬱憤を燻らせていた。それだけに炎の勢いは強い。

 そんなサラマンダーにビゴット卿は、少年の中にある騎士団への敵意を見て取った。

「貴様、自分が何をしているのか、分かっているのか?」

「僕はゴーレムマスターになりたいだけです。邪魔しないでください」

「話にならぬ」

「僕は約束したんだ。約束を……」

 独り言のようにつぶやくと、許しも得ずにルークスは学園長室を出て行った。

「なんだい、つまんないね」

 肩をすくめると、サラマンダーはランプの炎へと吸い込まれるように消えた。

 脅威が去ると、騎士は我に返った。

 全身汗にまみれているのが、恐怖のせいと知って羞恥のあまり理性が飛んだ。

「学園の生徒指導はどうなっているのか!?」

 ビゴット卿の八つ当たりに、ランコー学園長の忍耐も限界を超えた。

「貴様に怒鳴られる筋合いは無い! 学園は王宮精霊士室の管轄下なのだぞ!」

「出先機関の分際で騎士団に刃向かうか!?」

 出先機関と罵られ、学園長の痩せた顔は赤黒くなった。

 上級貴族である伯爵家に生まれたランコー学園長にとり、下級貴族の騎士に罵倒されるなど、プライドが許さなかった。

 だが家督を継げなかった彼自身は家人階級という、騎士以下の名ばかり貴族でしかない。

 そのうえ騎士団は下手な上級貴族より社会的地位が高く、王立精霊士学園といえど格下は否めない。

 屈辱のあまり学園長は目の前が暗くなる。

 その怒りも恨みも、事の原因となった平民の生徒に、彼は向けるのであった。

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