7.猫と涙とひとりだち
ししょーは夕方には帰っていると言ってた。
でも、もう夜だ。ししょーの姿はどこにも見当たらず、わたしとししょーが寝ぐらにしていた四角い箱を巨大なセルリアンが覆っているだけだった。
ししょーはどこ? 逃げた?
……怖いもの知らずなししょーが、自分の大切な寝ぐらを壊されて、簡単に逃げ出すかな?
「まさか、ね……?」
セルリアンに食べられたフレンズはけものに戻ってしまうって、ししょーは言ってた。恐ろしい想像をしてしまうけれど、ししょーにかぎってそんなことはないはずだ。ししょーは強いから。身体が丈夫なのをよく自慢してたから。
きっとまだ、間に合うはず。
寝ぐらを覆うセルリアンは少しずつかたちを変えていく。四角くなって、まんまるい足を生やしていく。まるで、寝ぐらを真似っこしているように。
友達を失うのは、絶対にいやだ。
わたしは手に持っていたジャパリパンの包みを置いて、駆け出した。
「待っててししょー!絶対、たすけるから!」
セルリアンの正面にある大きな目がぎろりと動いて、わたしの方を向いた。そして、目の下あたりから細長い何かを伸ばして、振り下ろしてきた。
えっと、どうやって避けよう。ししょーとの修行でもこんな強そうなセルリアン見たことないよ。そういえば、寝ぐらの透明な板にも、こんな細長いのがひっついてたっけ——
無意識にからだが反応して、ジャンプした。なんとか避けられた。とがった腕が地面に突き刺さっている。あれに刺されたら、まずい。
とにかく距離を取らなきゃ。
セルリアンが地面に刺さった腕を抜いているすきに、走る。あれだけ大きいセルリアンだし、きっと小回りはきかないはず。いったん離れてどうやって倒すか考えて——
ブォン!といううるさい音がして、それから、とんでもない速さでセルリアンがこちらに迫ってくる!
「うそでしょ!?」
とがった腕を振り回しながら、わたしを追ってくるセルリアン。
小回りがきかないという予想は当たってたみたいで、右へ左へすばやく動いてどうにか避けることができる。でも、このままじゃこちらから攻撃できない。
「どうしよう、こんなの初めてだよ……」
ししょー、ししょーならどうするの。
あんなに大きくて、すばしっこく動き回るセルリアンを、どうやって倒すの。
おしえてよ、ししょー。
『背中を見せたのが悪い!』
ししょーが言っていた言葉が、ふと浮かんだ。
そうだ、ししょーは、よく後ろから攻撃してた。セルリアンの、死角から。背中から、本気の一撃で決める。
なら、あのセルリアンの背中にどうやって攻撃しよう?すばやい動きでかわされないためには……。あたりを見渡して、ふと目についたもの。
うん、イチかバチか、やるしかない。
わたしが見つけたのは、草原に生えている木。ジグザグと駆け抜けて、どうにかこうにか、木の根元まで逃げ切った。
すぐに木に登る。これはししょーにも褒められた、わたしの得意分野だ。セルリアンがこちらに迫ってくる頃には、もうセルリアンより背の高い枝の上だ。
そして、わたしのいる木めがけて突っ込んでくるセルリアンに、
飛び乗る。
石みたいなわかりやすい弱点は、ない。だったら、あとは力技。背中に一発、力を込めたネコパンチ。
「うみゃあ!!!」
みし、という音がして、セルリアンの身体に少しヒビが入った。あと一発、もう一発で倒せる。
でも、背中にわたしがいるということにセルリアンも気づいたみたいで、スピードを上げて左右めちゃくちゃに動いて、わたしを振り落とそうとしてくる。
でも。
ししょーとわたしが暮らした、大切な
何度も振り落とされそうになるけど、無理やりしがみついた。
そして、一瞬だけセルリアンの動きが落ち着いた。そのタイミングを逃さずに、
「えぇい!!!!!」
渾身の力で、殴った。
セルリアンの動きが止まった。ヒビが全体に広がっていき、すぐさまパッカーンという派手な音といっしょに、はじけ飛んだ。
足場がなくなったわたしは、どさりと落ちた。着地失敗。
「いてて……」
セルリアンはなんとか倒した。あとは、ししょーを探すだけ。立ち上がって、さっきセルリアンがはじけ飛んだあたりに駆け寄る。
「ししょー!ししょー!!!」
あたりには、寝ぐらにあった色んなものが転がっていた。全部ししょーが拾った宝物で、セルリアンはそれを飲み込んでいたみたい。その中に、見覚えのある赤い毛皮……。
「これ、ししょーのマント……」
ししょーの姿は見当たらない。しょっちゅう持ち歩いていたマントだけが残っている。
「そんな……」
後ろの方で、がさっ、と音がした。
あわてて振り返っても、何も見えない。フレンズじゃなくて、背丈の小さいどうぶつの姿は、この草原じゃ草に隠れてわからない。そのどうぶつは、すぐにどこかへ走っていった。
せめて匂いだけでも確認しなきゃ、と思ったけど、鼻が詰まって、何もわからない。
ついでに、視界もぼやけてきた。
「ししょー!ししょぉ……」
叫んだって、ししょーは来ない。
顔をぐしゃぐしゃに濡らしても、ししょーは来ない。
それなのに、ししょーの言葉を思い出してしまう。
『あたしのサポート抜きで今日よりデカいセルリアン倒せたら一人前だな』
「そんな……!わたし、まだ、ししょーとお話することたくさんあるし、まだまだわたしひとりじゃ何も……!」
ししょーの見ていないところで勝手に、わたしは一人前になってしまった。せっかく一人前になったのに、ししょーはそれを知ることができない。
わたしは、
それから、さっきそのへんに置いたジャパリパンを拾った。すごく美味しいから食べておけ、とししょーに言われたのを思い出して、一口かじってみた。
ししょーが大好きだったジャパリパンの味は、たしかに甘いはずなのに、びちゃびちゃで、塩気がして、なんにもおいしくなかった。
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