第30話 光芒/ゲオルク・ビューヒナ-『ダントンの死』

 ごくごく稀に、彗星に当たることがある。予想しない角度で、目覚ましい作品に出会うことが(その点で今年はかなりの当たり年だったが、それはさておき)。


 印象に残る短編は。そう聞かれたなら、指を屈しつつこの作者の『レンツ』を挙げる。知ったのはおよそ14、5年前のこと。海外文学を読み始め、パウル・ツェランの短編『山中の対話』でその名を知った。「レンツのように」との比喩に、飯吉光夫氏の解説がついていた。開幕、冠雪の山中を通っていく自然描写に早くも目を奪われたものだった。

 全作品を読み、と言っても23歳で亡くなったので4作だが、最も鮮烈だったのがフランス革命に題をとった戯曲、『ダントンの死』だ。

 享楽的で人間的、それゆえ人民に憎まれ得るダントン。禁欲的で清廉潔白、それゆえ残酷になり得るロベスピエール。二人を軸に、戯曲は進んでゆく。


 ロベスピエール 君は道徳を拒否するんだな?

 ダントン 悪徳も拒否するよ。世の中には享楽主義者エピキュリアンしかいないんだ。もっとも、粗雑な者と洗練されたものがいるがね。キリスト様は中でも洗練されている口だ。

   『ダントンの死』第一幕、岩波文庫版p170


 相克を彩るは、ダントンらの命運を見守る女たち。いや、見守ると思っていたのは読んだこちらの思い込みだった。あれはだから、不意をつかれたのだろう。

 史実通り、数多の生が潰えた後のこと。作品末尾に現れる、あの複雑な屈託を持つ言葉。これに関しては、実際に読むか観るかして欲しいとしか言いたくない。


付記:

『ゲオルク・ビューヒナ-全集』が3万円していたのも今となっては昔の話。手軽に読むなら、品切れ中だが岩波文庫の『ダントンの死・ヴォィツェク・レンツ』がある。重要な3作品が収められており作家を堪能できる。全集であれば、数年前に鳥影社から新訳が出ている。


付記2:

研究者の手により、現在はレンツ自身の作品翻訳も出ている。 ※『家庭教師/軍人たち』、訳・佐藤研一。

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