第28話 掘り出し物の見つけ方/イワン・スイチン『本のための生涯』

 抜群に面白く、なおかつ聞いたこともないような本。そんな1冊の探し方をいくつか知っている。中でも、気に入っている手順が以下だ。


 ・ある程度著名な翻訳者の翻訳物一覧を見る

 ・その中で見たことも聞いたこともない作者&作品を探す


 この手法のポイントは、「個人の偏愛する本」を比較的容易に推測できることだ。敢えて手掛けたであろう作品は、持ち込んだかそれとも企画内で推したのか。いずれにしろ、注目していい本には違いない。

 本書の翻訳者は松下裕。ロシア文学を読んでいれば自然とお世話になる名前だ。ちくま文庫のチェーホフ全集はもとより、近年は『チェーホフ・ユモレスカ』の翻訳も出している。本書はだから、ベテランの推す1冊と言える。


 イワン・スイチンはロシア、スイチン出版社の創業者にあたる。19世紀後半から20世紀初頭を描く自伝だが、一読し驚く。登場する、すなわち実際に会っての印象を記している人物だけで既に元は取れるからだ。アントン・チェーホフにレフ・トルストイ。まぎれもない、19世紀ロシア文学の綺羅星たち。

 話は文学者に限らない。ある時はニコライ二世とセルゲイ・ヴィッテに面会し教育を熱弁し、ある時はラスプーチンがどんな人物かを確かめに行く。いずれのエピソードも、同時代人にしか書けない類のものだ。


 出版関連の記述も面白い。たとえばカレンダー。言われてみればこれも出版物ではあるが、ではこんな部分はどうだろう。


 1865年までは、カレンダーの刊行は科学アカデミーに独占権があって、この年になってようやくロシアでは「解禁」された。   p92


 取り上げた中ではダントツでマイナーだが、知名度と面白さは一致しないこともある。そんな当たり前を味わえるはずだ。

 この手の本では必須となる巻末の人名索引も、軽い人物紹介まで含めて完備していて嬉しいところ。


付記:

読んでわくわくしながら感想を漁った時、まともな言及が光文社古典文庫編集部・駒井稔氏のこのページしか見つけられなかった。この原稿でやっと2人目ということになる。 https://www.kotensinyaku.jp/column/2014/05/006362/

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