第24話 ゴッドのマジック/『島田荘司のミステリー教室』

 天才クラスの人間が真摯に思考を開示したとして、果たして余人の参考になるか否か。そんな疑問に、ある程度まで答えてくれるのがこの本だ。実際に役立てようと思うと恐らく難しい、その代わりとても面白い1冊でもある。


 まず、格好よくても明らかに真に受けてはいけなそうな場所もある。


 Q:本格ミステリーを書く以前に、最低これだけは読んでおくべきだと島田先生が思う作品、作家をあげてください。

 A:ありません。評論家になるなら何百冊と読まなくてはならないでしょうが、作家になるのだったら、一冊も読まなくていいです。   P53


 そして以降に「ヴァン・ダインは百冊もミステリーを読んだでしょうが、ポーは一冊も読んでいません」「一番書きたいと感じる小説を書き、それが完璧な本格のミステリーだったら最高ですね」と続く。

 歴史的に言えば、ポーは黎明期のミステリーを読んではいるだろう。ディケンズの愛読者であり、来米当時に面会も果たしているだからだ。が、そこは問題ではない、と敢えて言ってしまおう。本書は決して研究書ではない。後書きにもあるように読み手の創作意欲に向けた煽動の書であり、それは十分果たされている。


 と言って、ケレン味一辺倒ではない。実りの果実は、探せばそこにある。


 自分の覚書であるならトリックも割って書く方がよいでしょう。そうしないと、忘れますから。(中略)専業作家になって十年も経てば、アイデアの数も膨大になりますから(中略)本当に解らなくなることがあります。   p8


 この教えは、単なるデビューを考えているだけでは出てこないだろう。

 読み返す今でも、失われてしまったものに思い至る。途中まで書いて、続く中身を忘れてしまった文に。

 忘れる程度のアイデアなら、との考えも分からなくはない。けれども、あるアイデアが重要かどうか。その判断は後から、何度だって下すことができる。そしてこう頭を働かせるためには、アイデアを大事にしていなければならない。

 ゴッドクラスでもメモを用いているならば、そうでない人間はいっそうとも思わされる。

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