第23話 省略の極地/津原泰水『11 eleven』

 一目瞭然な上手さも無論ある。

 どう上手いのかは分からなくとも、明らかに過ぎる上手さが。


「ソ連百合は『土の枕』を参照している」と、そんな感じのつぶやきを見た。

 興味を抱き、僕もつぶやいた。そして驚く。

 周囲の人間があらかた読んでいて、なおかつ絶賛一辺倒だったからだ。

 未読ならしっかり読んでみるべきだ、と。

 周囲がそんなに均一だった覚えはない。むしろ趣味はバラバラと言っていい。

 これはもう、読むしかなさそうだ。


 短編集についての感想は置く。その必要はないと考えるからだ。

 なので、ここではたった一文を取り上げるに留める。

 収録短編の冒頭だけを。


   人間部屋もあるにはあった。

     津原泰水『クラーケン』


 込められた情報量に冗談抜きで目眩がする。見た瞬間、アウグスト・モンテロッソの『恐竜』という極小短編を思い出しもした。この一文だけで、既に十分な広がりを持っているからだ。その広がりを、順に見ていこう。

 まず「人間部屋」との名詞。人間に部屋があるのは当たり前で、本来は単に部屋と言えばいい。そこを敢えて「人間部屋」とすることで違和感を生む。これはだから、「人間でない者の部屋」の存在を想起させるテクニックだ。

 次いでの「も」でその想像を裏付ける。「あるにはあった」で「人間部屋」が主従の従であることを明示する。無駄というものが一切なく、なおかつこれしかないと思わせるバランス。付言すると、ここまでわずか一文。滅茶苦茶としか言いようがない。


 一応だが、作り方の想像はつかなくもない。まず作中の特殊状況を、特に工夫のない形で描写する。次いで説明しなくても分かることを省く。残った特殊状況を、単体でも意味の成立する形に書き換える。仮説の上では行けそうだが、完遂できるかどうかは別の話だ。

 徹底した省略。同時に、成立する骨組みは残す。読者にどう読まれるかまでを想定し、その上で文章を組み立てている、そう僕の目にはそう映るのだが、どうだろう。


 わずか一文にここまでの含みを持たせる短編集。

 これで面白くない訳があるはずもない。

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