第18話 道行き/川原正敏『修羅の門』(全31巻)

 真摯にキャラクターを書き込んだなら、想像以上の所へことがある。戸愚呂兄然り。本作の主人公・陸奥九十九もまた然り。

 キャラクターの複雑さはしばしば、人の扱い得る範囲をこえる。たとえテンプレから出発していてもだ。売れている作品からテンプレしか読み取れないのなら、それはただ読み手の力不足という他ない。


 名作と耳にしてはいた。どう名作になったかまでは知らない。格闘技漫画の巨塔という、そんな認識にとどまっていた。

 最序盤はラブコメ格闘マンガに見える。格闘技バカとお嬢様との軸だけ見れば、テンプレとさえ言っていい。が、手を止めるにはまだ早い。そこから急激な成長を遂げるからだ。


 全日本異種格闘技選手権編、早くもその花は開く。伝説の老プロレスラー、カール・ゴッチことフランク・クラウザーに、愛弟子・飛田高明の師弟コンビ。氷の貴公子・片山右京、生ける武神・龍造寺鉄心、そして。数々の魅力的なキャラクターに目を見張ることになる。


 ボクシングを取り上げたアメリカ編ではさらに勢いが増す。プロレス面子とボクシング面子とを邂逅させ――カール・ゴッチ、エディ・タウンゼント、カス・ダマト、ジョージ・フォアマン(無論マイク・タイソンとドン・キングも)――錚々たる面子をモデルとして登場させながら、なお陸奥九十九の印象は残るのだから。


 そしてグレイシー柔術を題にとる、ヴァーリトゥード編。

 悩める神父にして一族きっての達人、悪魔ディアーボことレオン・グラシエーロ。彼との最終決戦、ついにはレオンと陸奥の二人以外は誰にも、作者にさえ踏み込めない地点へ辿り着く。この瞬間ときたら。何度読んでも、僕には飽きるということがない。


 キャラクターの声のままに描くと決断できるかどうか。大げさに言えばこれが、ひとつ分かれ目なのだろう。そう思わされる読書だ。


付記:

文庫版やコンビニコミック版では新書版当時の後書きが割愛されている。特に31巻の後書きは当時の記録として重要。

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