第14話 上手さの種類/神坂一『日帰りクエスト』

『幽遊白書』の戸愚呂兄エピソードを読み返していた時のことだ。作中ではたびたび「相手の強さを察するのも強さの内」と繰り返されていた。

 察するだけの強さ。その感触には、個人的にも既視感があった。


 上手さにもどうやら種類がある。気づいたのはつい最近だ。分類は無数にあり得るが、今回は以下になる。


 ・気づきにくい上手さがある

 ・察するにはまず「気づきにくい上手さも存在する」と気づくしかない


 たとえば、「さらりと読める文章」は決してさらりと書かれていない。一切後戻りせず読ませるだけで、技術的にはかなり上の方に属する。ましてや楽しませるとなると、いっそう難しい顔になる。

 前提まで言及する人は稀、というのもかなりのハードルだ。言及機会が少ない以上、ほとんどは自力で何とか気づくしかない。


 ようやく、『日帰りクエスト』冒頭の話になる。何気ないはずの1p目。丁寧に読み返した時のことを、向こう十年は忘れないだろう。


 ・1pでおおまかな舞台と、主役&相棒のキャラクター紹介を済ませる。

 ・文章を詰め込み過ぎないこと。

 ・主役は特徴的なのが望ましい。


 達筆。まぎれもなく達筆なのに読み易く、上手さに至ってはむしろ感じさせない。素通りさせるまでの上手さ、とでも言えばいいのか。僕が同じ内容を書くとどうなるのか。未だに気が遠くなる話だ。


 90年代当時。神坂一を楽しく読んだ一方で、やや軽んじていたのは否定しがたい。薄いし文も詰まってないじゃないかと。

 もちろん、今は全く逆の考えだ。最小限どころか、それを割るはずの字数で面白い。そして同じ面白いなら、薄い方が読む分には気軽だ。

 厚さそのものに意味はないはずなんだが、こいつは意外と当然でなかったりもする。同じくらいにおいしい店なら、比較的並んでない方を選ぶだろうに。


 今では、いかに満ち足りたかが主な目安になっている。厚さ長さは、単体では厚さ長さをしか意味しない。これまた当分、忘れないようにしたいものだ。

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