第11話 生還者の告白/桑原敬一『語られざる特攻基地・串良』

 たったひとつの視点で、物の見方が激変する事もある。発想の類ではない、単に丁寧さの問題だ。

 たとえば日記に「裏手のビルから轟音」との記述があったとする。これが2001年9月11日のニューヨークなら、記述は全く別の意味を帯びるだろう。


 特攻隊員についての資料は、手紙を含め数多く残されている。しかしながら、内容をそのまま受け止める事はできない。背景には特殊な状況がある。すなわち、軍隊で監視下にあることだ。

 作者を含む十代二十代の兵士たちはある日、特攻に志願するかどうか書くよう命じられる。問われた全員が「命令のままに」と書いたのには、無論裏がある。


 「どうしてどうして正直に本音を書こうものなら、後には陰湿な罰直(制裁)が待っているからなあー、とても本音は書けないよ」p404


 読む側の思い込みが、ここでは指摘されてもいる。手紙は個人的なものであり、内心を自由に記せるとの思い込み。それはあくまで現在の常識だ。


 実質的に監視下にある手紙。当然とも言えるこの前提に立てば、残された資料の見方も自ずと変わる。変わらざるを得ない。表に出た手紙はいわば強制された自白に等しい。そしてそのことに、言われるまで気づきづらい。

 加えて生き延び易かったのは、つまるところ上官である。下士官の事情が残される理屈は、なおのこと乏しい。


 本書にはまた、特攻隊員の遺族から作者が、出撃当時を訊かれたシーンも描かれている。


「多くの人は、外面を見て淡々として征ったとか、笑顔で征ったと言うが、それは慰め言葉であって、真実を伝えていない。特攻出撃はそんな淡白なものではない」p361


 この時の作者に向けられた、なぜ遺族の苦悩を増やすのかとの詰るような視線。そして特攻当事者をさし置いた慰めの断言。諸々が凝縮された、本書の白眉だろう。


 死者は還らない。なればこそ、せめて実態を率直に記した1冊が、少しでも読まれることを。そして資料の扱い方について、気に留める人が増えますよう。

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