第5話 アクセルとレントゲン/寺沢大介『将太の寿司』(全国大会編)

 どうにも、常人にはブレーキがあるらしい。やりたい事があったとする。ある時はやれない理屈を探し、ある時は端から諦める。それも特に意識しないままに。

 日常ならまだいい。誰もが好き勝手じゃたまらん。だが創作ではどうだ。見えないブレーキに気づけるかどうか、こいつは案外と壁かも知れん。


 考えるきっかけは去年、『将太の寿司』を読んだからだ。武者修行に出ていたライバル役・佐治さんこと佐治安人は、全国大会にて主人公と対戦する。課題は骨処理が難物の鱧料理。料理を絶賛された後「これを御覧ください」とどこかから鱧のレントゲン写真を取り出し、骨の複雑さと自らの研鑽を示す。


 あの技術は実在のもの。

 4万円もする鱧料理の本にあった。


 作者がそう言うならと、僕は確かめに行った。そこまで高いのはただ一冊で、実物は隣町の図書館にあった。22年前の『秘伝 鱧料理』。閉架から出された大判本、おそるおそる紐解く。

 レントゲン写真? 無かったね。料理写真ならわんさとあったが、そんな写真は無い。あるとすれば解剖図だけ。おおかた、料亭の展示だか大学の研究だかと記憶が混ざったのだろう。


 レントゲン写真は無かったが、あのシーンは相変わらずある。

 仮定の話。無難な描写をとったとして、コマを費やした挙げ句ただの説明じゃ話にならん。見得を切るべき所ではだから、きっちり見得を切るべきなんだ。簡潔さと見栄えを考えればそうなる、あとは実際に描くだけ。

 あのコマを見るたび、どうにも複雑な気になる。同じ発想に至ったとして、その度胸はあるか。コマを見る。笑いはするが、その笑いは少し引きつってるかも知れん。


 道化を覚悟の堂々たる嘘つき、こいつはこいつで大変だろうと大げさでなく感心するのだが、どうだろう。

 今書いているこの文なら、たとえばレントゲン写真の実在を確かめるくだりだ。こいつを僕は「図書館にあった」と言ったが、古ぼけた場末の本屋で見つけた方がよほど劇的だろうな。

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