第3話 好きこそ物の/トネ・コーケン『スーパーカブ』

 読んでみてくれと、そいつは言っていた。3年前、春半ばの頃だ。すごく面白いから、とにかく読んでみてくれ。嘘の多い男だったが、こいつは本当だったな。


 なぜ酔狂にもネット小説を読むのだろう。売られている本を手に取る方が、明らかに当たりを引き易いはずなのに。僕の場合、原因は明らかだ。一にも二にも、デビュー前の『スーパーカブ』に触れたからだ。

 読後たびたび人に薦めてみて、いくつかの感想を今も覚えている。曰く、なぜか面白く読めるのだと。なるほど。この面白さはどうやら、言葉にしづらい代物らしい。だから僕は、ひとまず言うことにした。何かに初めて触れたときの瑞々しさ、そんな風な事どもを。


 初心ゆえの瑞々しさ。ひとつ核心ではあるが、それだけでもない。


「カブのシートに尻を乗せ、ハンドルを握り、センタースタンドで直立させられたカブの左右のステップに足を乗せた。

 小熊の頬を風が撫でた。

 停まってる原付。無風の天候。吹くはずも無い風。これで本当に走ったらどんな気分なんだろう」


 こいつは物をよく見ていて、しかもよく覚えている。覚えていてかつ他人に初心を思い起こさせるの、実はたまげる難しさなんだが。


 好きな事を書く。こいつが大事と、これは最近ようやく知った。大事だいじかつ大事おおごとなのだと。好きな事はと訊かれれば、誰しも1つ2つはあろう。では、小説を書くほどに、と来ればどうか。無論、その巧拙は抜きにしての話だ。

 僕は短編を読み『GARAGE』を読み、そして長編『RUN!』を読んだ。バイクにも車にも興味のなかった僕が、楽しさを思い出したからだ。夢中が遠因で二十年来の友人から縁を切られもしたが、それはまた別の話。


 こう書いている今、僕はやや悩んでいる。電動自転車のバッテリーが切れかけなんだ。物はとうに廃盤、後継品はざっと4万。もう少しだけ足せば、オンボロに手が届くかも知れん。当面の事々を片付けたら、ひとしきり悩んでみるとしよう。

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