第三章

第三章

「あーあ、俺の悩みはいつまでたっても解決できないなあ。俺はこれから先、どうやって生きていけばいいんだろう。」

ブッチャーは、おおきなため息をついた。

「ブッチャーさんどうしたんですか?そんなに大きなため息をついて、何かあったのでしょうか。」

そうジョチさんにいわれてブッチャーは、何だかそうやって気遣いしてくれるのが、かえって申し訳ない気がしてしまうのである。人間ってわからないけど、いざどうしたのと他人にいわれると、真実を話すどころか、かえって見栄をはってしまう方が、多いのではないだろうか。

「何か悩み事でもあるのなら、それが蓄積されて大罪でもする前に、人に話して解決させたほうがいいのでは?」

そういわれてしまって、ブッチャーはやっと、口に出していう事にしようと思った。たしかにそれをしていれば、防げたと思われる犯罪は、今の時代ならいくらでもある。

「すみません。俺の姉ちゃんの事で。だ、大体ね。俺が話すとなると、大体、それが、一番多いんですけどね。」

「いいんじゃないですか。悩むことは其れしかないんですから。」

「そう言ってくれるだけでもありがたいですよ。もう何回も、俺が発言すると、いつも同じことをいうなって、怒られちゃうんです。」

これを聞いてくれるのは、本当に少しの人しかいない。もう、段々に話を聞いてくれる人は、減少の一途をたどっている。本当は、多くの人に話を聞いてほしいと思うのが、患者とその家族なのだが、そんな話は聞きたくないと言って、多くの人が逃げていくのである。

「で、今日はなにをやらかしたんですか。お姉さんは。」

「いやあ、今回は杉ちゃんまで巻き込んでしまいましてね。俺の姉ちゃん。俺より先にご飯を作っていたんですが、俺と杉ちゃんが焼き肉をしようとしたら、急に怒り出して、鍋の中身をそとへぶちまけて。」

ブッチャーのいう内容も、いつもと同じだった。答えだって自動的にいつもと同じになる。

「まあ、言ってみれば、承認欲求ですかねえ。どこか、居場所があればいいんですけど。それが何もないって、本当にたいへんなんでよね。」

「はい。デイケアも支援センターも、姥捨て山みたいだって言って、行きたがらないで、ずっと家にいるんですよ。ああいうところの、支援員さんは、まるで自分の事を子どもみたいに扱うから嫌だって、ほんと、そういうプライドだけは高いんですよ。」

たしかに、精神障害者には、そういう人は多い。それはある意味では認知の歪みといえるかもしれない。

「そうですね。そこは難しい所ですよね。体の方は何も異常がないわけですからね。まあ、うちで働いている、従業員たちもそういう人がいますけど、やる気だけはあって、それが空回りして、それを正確に評価してくれる人もいないですからね。それでは、たしかにすごい喪失感はありますよね。」

やっぱりさすがだ、とブッチャーは思った。こういう所は、さすが実業家というだけある。

「俺は、一体どうしたらいいんですかね。俺は家族ですから、どうしても放っておけないんですよ。そりゃ、姉ちゃんみたいな人が活躍する場所なんて何処にもないという事は、知ってますよ。他人であれば其れは放置できるんですけどね、俺たちは家族ですから。俺、何とかしなきゃなといつも思うんです。」

「偉いですね。ブッチャーさん。其れにこたえてくれる機関が何もないってことが悲しいですね。まあ少しお姉さんを環境を変えて休ませてやるのが先決でしょうから、暫くこっちで休ませてあげたらどうですか。」

ブッチャーの話をくみ取って、ジョチは言った。

「まあね、苦しいときは、もうこんな人生早く終わりにしたいという事ばかり考えて、時間なんて要らないと考えてしまうのですが、そういうときって、世の中が変わるのを待つしかないんです。そういう時代ってないようであるんですよ。いつも人生は、順風満帆な時ばかりではありませんから。そういう事もあるんです。」

ジョチさんすごいわ。そういう事を、平気な顔をして、言えるんだから。若しかして、水穂さんも、そういう所を待っているのではないだろうか、、、。

そうこうしていると、又水穂さんが咳き込み始めた。由紀子が、また体を横にして、内容物を出すのを手伝ってやっている。ずいぶん辛そうだが、由紀子は甲斐甲斐しくそれをこなしていた。

「それでは少し環境を変えるという意味で、こっちへ連れてきたらいかがですか。ちょっと考え方を変えるという意味ではいいと思いますよ。少なくとも、目にはいる物が変わってきますからね。そうなれば、自動的に考えも変わるんじゃないですか?」

「でも、ここへ連れてきて、何になるのか、俺は想像もつきません。俺の姉ちゃん、ここで、何が出来るんでしょうか。俺の姉ちゃん、家事をするのに精一杯で、何も出来ないんですよ。他になにか資格を持っている訳でもありませんしね。資格なんて取りに行くのに、移動する手段がないから、資格取得講座に行かせられないんですよ。」

ブッチャーは、自分が持っている不安を打ち出した。有希はたしかに出来る事と言えば、炊事洗濯だけであった。それ以外に、何も資格らしきものも持っていない。

「少なくとも、料理が出来るんだったらいいんじゃありませんか。利用者のご飯を作ることだって、立派な仕事にもなるんですから。」

「そうですねえ。ジョチさん、そういう事も仕事として認めてくれる国家に行けば、俺の姉ちゃんもしあわせになれるかなあ。」

ブッチャーは又大きなため息をついた。

「とにかく、お姉さんに言ってみてください。この製鉄所をちょっと手伝って見てはどうかと。まあもし、お姉さんが承諾しなかったとしても、落ち込まないようにしてくださいね。」

「わかりました。」

ブッチャーは、もうこれにかけてみるしかないと思って、きっぱりと言った。

「ただいまあ。」

ブッチャーは家に帰った。まだご飯の匂いはしていなかった。また、部屋に閉じこもった切りか、と、ブッチャーはがっかりする。

急いで、二階にあがり、有希の部屋に言った。

「姉ちゃん。はいるぞ。俺だ。」

ブッチャーは、有希の部屋にドアもたたかずに入った。

「おい姉ちゃん。いつまでも昨日の事で落ち込んでいないさ。」

床に座って泣いている有希に、ブッチャーは声を描ける。

「もしよければ、、環境を変えて休んでみないか?俺の仲良しがやっている所でさ、ちょっと疲れた人を預かって、休ませている施設があるんだけど、そこに行ってみないか?俺、別に姉ちゃんを捨てるという気持ではないよ。俺は、姉ちゃんが心配だからいうんだよ。だって姉ちゃん、よく考えてみろ。いつも失敗事に遭遇するたびに、こうしてワーワー騒ぎ立てるしか出来ないんじゃ、俺たちも困るしさ、姉ちゃんが、何よりも苦しいだろう。だから、ちょっと環境を変えて、少し休んだらどうかと言っているわけ。頑張って行ってみない?」

とりあえず、伝えることは其れで伝えた。後は、向こうがどう出るかをまつだけだ。まず、どんな反応をするか。それをしっかりまたなければならない。若しかしたら、私を要らない人間とみなしたの!何て言って、がなり立てる可能性もある。ブッチャーはそれをしたら力づくで抑えるために、身構えた。しかし、有希はそのような事はしなかった。

「そうね。そのとおりかもしれないわね。」

有希は小さくため息をついた。

ブッチャーは、一寸安心した。

「それでは、製鉄所に行ってくれるか?」

「そうねえ。聰がそういうんじゃ、そうするしかないのかな。あたしも、こんなに沢山人に迷惑かけてるしね。追い出されてもしかたないわね。」

何だ、迷惑かけてるって、はっきりわかっているじゃないか。追い出されるという所は、ちょっと極端な解釈だが、訂正しようとすれば、また、なにかやらかすかもしれないので、ブッチャーは訂正しなかった。

「それでは、俺、先方に連絡しておくから、姉ちゃん、一寸心の準備をしておいてくれ。別に身売りをしているわけではないからね。其れだけは、勘違いしないでくれよ。」

とりあえず其れだけ言っておく。

「わかったわよ。」

有希は、立ち上がって、押し入れの中から、おおきめの旅行鞄をだした。早速支度を始めるつもりらしい。

「どうせ、あたしも、最期まで迷惑かけてばっかりだし。それでは、いけないと思うわ。あたしなんて、本当に、迷惑な存在だし。まあ、家族には捨てられるのも、しかたないか。」

有希は、もう勘当されたのかと思い込んでいるらしい。そういう訳じゃないんだけどな、と、ブッチャーは思うのであるが、有希の頭の中ではそうなってしまうのだろうか。そういうところが心がやんでいるという事である。ただ之だけは言って置きたいと思い、姉に対してこう発言した。

「姉ちゃん。人によって、いろんな人が、いるからどう解釈してもしかたないと思うんだが、一つだけ訂正させてもらうよ。製鉄所のルールとして、創立者で初代総長だった、青柳先生が何回も言っているが、ここを終の棲家にしないことというルールがあるそうだ。だから、製鉄所を利用した人は、学校へいくなり就職したりするなりして、かえって行くんだ。姉ちゃんもそうなるんだぞ。だから、俺たちは姉ちゃんを捨てたという事はしないからな。」

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