第二章

第二章

「じゃあ、そもそもさ、ブッチャーの姉ちゃんはなんで怒ったんだよ。」

と、杉三がそういった。有希はだいぶ落ち着いてきた様で、しずかにすすり泣きながら、こういうのである。

「一体なんでああして怒ったんだ?僕はおまえさんの事を責めている訳ではないよ。ただ、おまえさんの事を、心配しているだけの事さ。別におまえさんのした事は、善でも悪でもなんでもないよ。おまえさんは、其れしか反応できないんだからな。」

有希は、泣きながら、こう答えるのであった。

「母が、家計簿と一緒に、泣いていたのを見たんです。うちは、お金がないないって、本当に、困っていたんです。其れはあたしが働かないのが悪いってはっきりわかっているから、少しでも、うちの家計が楽になるようにって、私、スマートフォンを、取りやめにしようと思って。あたしが、働いてないから、この家はダメなんだって、はっきりわかっているから、この家が少しでも楽に生活できるようにと思って。」

「全く、余計な事考えないでくれよ、今の時代は、スマートフォンをあえて使わない人間の方が、馬鹿にされる可能性も高いんじゃないかよ。」

ブッチャーは大きなため息をついた。

「まあそりゃたしかにそうだ。でも、有希さんの目にはそういう風にみえている。家に金がないようにみえているんだ。それは誰にも変えられないよ。本人がそういう風にみえる様にならないと。」

「杉ちゃん、じゃあ、どうすればいいんだ?口で言ったって、何もわかってくれないんだぞ。俺たちは、そんなに家は貧乏していないとはっきり伝えているのに、こうして姉ちゃんは金がないと言ってパニックを引き起こす。俺はどうしたらいいんだよ。これ以上伝えてやることは何もないよ。」

杉三が、そういうので、ブッチャーは思わず言った。それはブッチャーだけではなく、ほかの家族も感じている事だった。

「もうしょうがないじゃないか。もうそういう風にしか目が見えなくなっていると思え。もし、それで余りにも他人に迷惑をかけてしまうんだったら、家から出してやれ。水穂さんが、食べ物を受付なくなったのと同じだと思えよ。こういう人はな、そういう世俗的な世界から離れて、仙人みたいな生活をさせるくらいしか生き伸びる道もないんだよ。其れはしょうがない事だから、もう、どうしようもないと、諦めな。」

「杉ちゃんの解釈は独特だな。だけどさ、俺たちは家族だぜ。俺たちが、何とかして姉ちゃんに一人で生きていけるように、姉ちゃんに教えてやることも、必要なんじゃないか?」

「いや、無理さ。」

ブッチャーがそういうと、杉三ははっきりと言った。

「まあ、この現世に対応できなくて、誰かの世話を受けなきゃ生きていかれない奴は、いっぱいいるけどさ、そういう奴は、嫌われるのが、今の世のなかってもんだぜ。勿論この僕だってそうなっている。」

「そうだけど、俺は、そういう事はそうだけど、杉ちゃん。俺たちは、姉ちゃんに死んでもらいたくはないんだよ。杉ちゃんの言っていることが正しかったら、ナチスドイツの考えかたと同じことになってしまうぜ。」

ブッチャーはそういうが、杉ちゃんのいうほうがある意味正しいのかもしれなかった。一生懸命努力すればするほど、有希は壊れてしまいそうな気がする。

「なにか、居場所があればいいんだがなあ。そういう所に、打ち込んで気持を家の中からそとに向蹴ればまた違ってくるよ。」

と、杉三が言った。ブッチャーは、其れもたしかにそうだなとしずかに頷いた。

「ま、こういう事はもういいにしようぜ。そうするしか、片付かないんだよ。今のこういう人たちに手を差し伸べる機関なんて、何処にもないんだから。それが出来てくれるのを、まつしかないって事だろう。何とかしてほしいって思うだけだけどなあ。其れに偉い奴らは何にも気が付かないってこったな。」

「杉ちゃん。そうだな。よし、そういう事にしよう。」

ブッチャーは、すぐにそういって、有希がぶちまけた、鍋の中身をモップで丁寧に拭き始めた。杉三は、その間、ずっとすすり泣いている有希のそばにいてやった。

「しょうがないよな。いくら、そうじゃないと言われたって、おまえさんの目にはそうみえちゃうんだから。其れもしかたない。おまえさんの目がそういう目から解放されるまで、どれだけ時間がかかるかしらないが、それまで、僕たちは、ずっとまっててやろうな。」

ブッチャーは杉三がそういうとおりにするしかないと思ったが、同時に何年この生活をしているのだろうかと、気が遠くなりそうだった。

「さあ、焼き肉しようぜ。気を取り直してな。」

杉三は、スーパーマーケットの袋の中から、焼き肉用の肉を取り出した。


次の日。

ブッチャーは、客の少ないとして秘密基地にしている、いしゅめいるらーめんに行って、昨日あった事をぱくちゃんたちに話していた。

「そうかあ、それもたいへんだな。お姉さんもお辛いでしょうけど、ブッチャーも辛いでしょう?」

優しそうな顔つきで、そういってくれるぱくちゃんが、なんだかうれしい気がした。

「そうだなあ。相談できる人もいないし、昨日は杉ちゃんが、手を出してくれたから、あんまり大ごとにはならなかったんだけどさ。もし居なかったら、俺はどうなったか。もうたいへんなことになるところだった。」

「そうだねえ。この先どうなるつもりなのか。悩んだりすることもあるでしょうね。」

「ほんとだよ。ほんとだ。俺たち、出口のみえない海にでも突き落されちゃったみたい。」

ブッチャーはそういって、ためいきをつく。

「まあ、そういうことはあまり考えないでさ。とりあえず今日は、ラーメンを食べて、元気出してもらえんかな。」

ぱくちゃんは、にこやかに言った。

「うちのラーメンで、頑張ろうという気になってくれればいいんだが、どうかな。」

「アンタ、そんな事ばっかり言ってないで、少しはうちの客を増やすことも考えてね。ラーメンにこだわるのはいいけどさ。こんなにふっとくて食べにくいラーメンばっかり作っていたら、客が来ない事も当たり前じゃないのよ。」

亀子さんが口を挟んだ。それほどこの店は人気がないという事だろうか。

「うるさいな。僕らのあいだでは、ラーメンと言えば大体之だったんだよ。」

「其れはウイグルの間にいればでしょ。ちっともわかってないんだから。ここは日本なのよ。ウイグルの町じゃないのよ。だから、日本にいる間は、日本のラーメンを作らなきゃ。もう、其れにこだわってないで、日本のラーメンの作り方でも、習ってきたらどうなのよ。」

ブッチャーは、ラーメンをたべながら、二人のやり取りを聞いて、人生ってやっぱり難しい物だなあと考え直した。自分たちだけではなく、ぱくちゃんの家でも悩んでいる。しかし、いまだされているラーメンは、さっぱりした塩味スープが、もちもちした太い麺とよくあっていて、実においしかった。本当は、これを変更してもらいたくないのだが、でも、それではやっていけないんだろうなと思われる。

「まあ、しかたありませんね。俺も、頑張って、生きなきゃな。もうちょっと強くならなきゃだめだよね。」

ブッチャーは、急いで、ラーメンのスープを飲み干した。

「はい、ごちそう様。あんまり喧嘩はしないでくださいね。俺は、この太いラーメンの大ファンなんで。」

そういうと、ぱくちゃんの顔は一寸崩れた顔をした。ブッチャーは、ラーメンの代金を払うと、ありがとうなとだけ言って、店を後にした。


今日はもう一軒よるところがあるんだよなと、ブッチャーは気が重い。それでも、寄っていくと約束してしまっているので、ブッチャーは、製鉄所まで歩いて行った。

製鉄所の正門はすでに開いていた。もう利用者たちの大半は学校にいっているか、仕事に行っているかしている時間だった。

「今日は。」

ブッチャーはあいさつした。ところが返答は返ってこない。しかたないと思ってブッチャーは、黙って中に入った。

奥の四畳半から、水穂が咳き込んでいる声がする。また、くるしそうな顔をして、誰かにご飯を食べるのを、手伝って貰っているのだろう。

それでは、いけないという訳ではないけれど、ブッチャーは、俺の姉ちゃんと同じと解釈するのはできないなと思った。

四畳半に行ってみると、そこには由紀子とジョチが居て、水穂さんのことについて、なにか話していた。其れは、医学的な専門用語ばかりで、解読にかなり苦労する物が多かったが、由紀子も、彼女なりに解釈しながら、それを聞いている様だった。

「ブッチャーさん、どうしたんですか?」

ふいに、足音に気が付いてくれたのか、ジョチさんが、そういってくれたのであるが、ブッチャーは何だか、のけものにされてしまった様な気がして、がっくりしてしまうのである。

「あの、水穂さんどうなんでしょうか。心配になって見に来たんですが。」

「今薬で眠った所ですが。」

「そうですか。と、なると目を覚ますのは、もうちょっと後という事になりますかね。あーあ、水穂さんと俺の姉ちゃんが同じだとどうやって思えるんだろうな。」

ブッチャーは、大きなため息をついた。どうしても、ブッチャーはそれが出来ない。其れは、家族と他人はまた違うという事なのだろうか。

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