第7話

 妖精たちが怪物の居場所として指さしたのは、山だった。

 太郎たちはガスにしがみついて山に向かった。宙を駆けるガス。

 丸い月が浮かんでいて、月より高いところを飛んで通りすぎた。

 山の中腹あたりに洞窟があって、その中か、近くに怪物がいるのだという。大事をとり麓あたりから千紗姉と並んで歩いてゆくことにする。

「大丈夫、きっと帰れる。だって、こられたんだもん」

「うん、そうだよね」

 千紗姉が太郎の頭を乱暴になでる。

「ああ、もう。なにするんだよ」

 逃げ出して、乱れた髪をなでつける。

「珍しく素直ないい子だからかわいがってあげたのに」

「そういうのが嫌い」

 太郎は地面を踏み固めるように歩いた。

 山の中腹はこのあたりかというころ、物音が聞こえてきて警戒しながら進むと前方に怪物が寝ているのがわかった。木に隠れて様子を窺う。

 怪物の周囲は木がなくて広場になっている。横の斜面に洞窟の入口があった。広場は怪物の庭のようなところらしい。

「洞窟を見てみようか。今のうちに」

「いや、もう起きるかもしれないよ」

「怖いの?」

 心臓は早く大きく鼓動しているし、のどになにか詰まったみたいになっている。

「怖くない」

「どうする? ここで待ってる?」

 それは絶対に嫌だ。

「行く」

 斜面に近い位置に移動し、怪物が眠っているのを確認する。広場へ出て、洞窟へ。

 息が苦しい。緊張のせいだ。

 洞窟は深いみたいだ。奥には闇しかない。外の光が届くぎりぎりまで、ゆっくり歩く。千紗姉はうしろにいる。

 足がなにかを踏んだ。枯れ枝が折れるような感触と音がした。微かに光が届くし、目が暗がりになれてきた。

 足元は、白っぽい枝のようなものが敷き詰められていた。枝の絨毯は奥につづいている。太郎はあとずさる。

「あ、はあぁ」

 息を吐きだすような声に後ろを振り向くと、大きな影が視界をふさいでいた。怪物が起きてきたのだ。

 足元の白いものは骨だ。頭蓋骨もあった。子供の、何十人、何百人もの子供の骨。奥までずっと。

 怪物は千紗姉の体をつかんでいた。もう一方の手で千紗姉の腕をつまむ。

 レークがあらわれて、怪物の顔を引っ掻いた。怪物が暴れる。

 千紗姉が地面に叩きつけられた。

「千紗姉っ!」

 千紗姉は右手の肘から先を失っていた。破れた袖から、裂かれた皮膚、血、千切れた肉、腱、骨が露出している。

 千紗姉は目が虚ろ。短く息をして、声だか呼吸だからわからない音を発しつづける。

「ガス!」

 刀の柄をくわえ、刃を前に向けてあらわれた。ガスは地面を蹴ったあと、宙も蹴って怪物に向かう。レークが振り払われた。

 ガスは肩に咬みついた。刀は太郎の目の前。太郎はしがみついていたガスを離れて刀をつかみ、怪物に狙いを定める。

 並びの悪い歯、牙が四本、つぶれた鼻、小さな目、ジャガイモの芽のようにところどころ髪の出た頭。

 太郎は両腕をつきだし、薙ぎ払う。刃は怪物の鼻の高さで水平に、後頭部まで抜けた。切り口で頭が前後にずれる。

 叫び、倒れた。怪物から血が流れだす。

「レーク!」

「こっち」

 声を頼りに駆け寄る。千紗姉の腕を抱きかかえる。今度は千紗姉。

「千紗姉、千紗姉、しっかり」

 目はうつろのまま、口は半開き。

「ばいばい、ばいばい」

 洞窟に小さな声が響く。子供の声。

 周囲が明るくなる。洞窟の外の明るさ。

「またね」

 人間の世界にもどった。木に囲まれている。裏山に戻っていた。

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