第6話

 刀の周りの砂の色がかわってきた。水に濡れて黒っぽくなっている。

 肩と肘をさらに力ませる。うがごぐぐぐ。

 龍が上空で吠える。体にびりびり響く。

 頭に血がのぼって、耳鳴りがぴーとはじまる。手のひらがひりひりする。

 太郎の体は後ろへ飛ばされた。

 水が落ちかかる。ばしゅっとか、ごごごとか音がしている。

 太郎の手に刀が握られていて、力がゆるまないから放せない。

 尻もちをついた太郎の顔に泉から噴き出た水が降りかかっている。息ができない。

 ずるずると背中が引きずられる。

 ガスが襟首に咬みついて引いてくれていた。水がかからないところへ出ると、宙を移動して泉の外にこられた。地面に降ろされてやっと手から刀が放せた。

「やったじゃないの太郎」

 顔にサンが抱きついて、邪魔くさい。手でつかんで引きはがす。

「息ができないよ」

「なによ、私が感謝の抱擁してあげたんだから、ありがたがりなさいよ」

 感謝されたことに感謝しろって、横暴じゃないか。

 見上げると、龍が体をくねらせながら帰ってゆくところだった。

「ありがとう、龍!」

 一度体をこちらに向けてから、またもとの飛び方に戻った。伝わったみたいだ。

 泉は真ん中のあたりにもう水が溜まってきている。妖精たちははしゃいで飛び回る。

「それで千紗姉、どうやったら元の世界にもどれるの?」

「この子なの?太郎が会えないと寂しいって言ってたのは」

「そんなこと言ってない。会えるだろうから、寂しくないって言ったんだよ」

「太郎、私も寂しかった」

 千紗姉が抱きついてくる。なにかというと抱きつかれるから困るんだ。もう大人みたいなんだってことがわかっていない。サンのバカが悪い。

「龍も元の世界に戻る方法知らなかったの?」

 やっと千紗姉を押し離した。

「あの天井みたいな夜空を刀で切ったらどうかな」

「それは無理、どれだけ高くまでいっても空に到達できないの」

「本当?あんな低く見えるのに」

「見えるのと実際はちがう」

 そういえば龍だって、ガスだって空の高いところを飛んでいた。地面から見るとあんなに低く感じるのに、不思議なものだ。

「千紗姉、どう思う?」

 千紗姉は刀をもちあげて眺めていた。

「この刀、怪物がもってきたって言ったよね」

「サンがそう言ってたんだ。そうだよね」

「頭がデッカクて手足が短い、ぶっさいくな奴。背もデカかった。私たちの仲間を殺した」

「その怪物を探して聞いたらどうかな」

「なんで?」

「この刀、人間のでしょ。人間の世界からもってきたってことは、人間の世界に行く方法を知っているってことじゃない」

「すごい、千紗姉。頭いい」

「まあね」

 胸を張った、その胸が突き出ているから目のやり場に困る。太郎は目を泉に転じた。

 はじめの水の勢いは龍の力のせいだったのだろう。太郎は刀を引っぱり、龍は泉の水で下から刀を押して、刀は抜けたのだ。

 今は水面がすこし膨らんでいるくらいの勢いで水が湧き出ている。

 それにしても、怪物相手にどうやって聞きだしたらいいか。

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