第5話

 龍は怖い存在ではなかった。千紗姉がこっちの世界に迷い込んでうろうろしているうちに瀧の前に出て、千紗姉と龍は出会った。千紗姉はどうしたら元の世界にもどれるか相談していたのだと言った。

「私が食べられちゃうとでも思ったの?」

「ち、ちがうよ。龍は悪いやつだと思ったからやっつけようとしただけ。千紗姉のことなんて気づかなかったもん」

 ガスはふたりから離れてすわっていた。おこじょも一緒に。

「あんなこと言ってるけど?」

 おこじょが横のガスに顔を向ける。

「俺は、太郎に従っただけで、早とちりなぞしていない」

 きまり悪そうな話し方で、おこじょは察したらしい。あっそと言って一度瞬きした。

 太郎は龍を目の前にして立ち上がった。

「ねえ、龍ってさ」

「なんだ小僧」

 龍は低くてお腹に響く声を出す。

「水の神様なんでしょ?」

「聞くまでもない。その通りだ」

 太郎は妖精の泉の話をした。龍の助けがあれば泉の栓をしている刀を抜けるかもしれない。いや、きっと抜ける。

「いいだろう、やってみよう。うまくゆくか失敗するか、小僧次第だ」

 龍は長い体をくねらせながら上へ向かってゆき、そのまま空に飛びあがった。天井みたいな空にぶつかるんじゃないかと心配になったけれど、思ったほど低くないらしい。龍は余裕で飛んでいるように見える。

「ガス! 妖精の泉まで、僕と千紗姉を連れていって」

「私もね」

「もちろん、レークも」

 膝を折って背を落としたガスの首に太郎、太郎に覆いかぶさるように千紗姉、千紗姉の肩におこじょのレークがつかまった。

「しっかりつかまっていろ」

 ガスが二歩、三歩と駆けたあと、ふわっと体が浮いた。ガスは宙を駆けはじめた。

「すごいよ、ガス。空飛べたんだ!」

「龍を見ていたら、飛べそうだと思ったのだ」

「犬は単純ね」

 レークは千紗姉の肩に頬をつけながらつぶやいた。


 太郎たちを乗せたガスが精霊の泉についたとき、龍は地面から空に飛びあがった。

 枯れた泉に突き刺さった刀の横に石の台ができている。二個の石で刀をはさむ位置。龍に川から運んでもらったものだ。

 台に跨るように立つと、太郎のおへそのあたりに刀の柄がくる。力を込めやすい。

「太郎、私も手伝おうか?」

「もし抜けたら刀が飛んじゃうかもしれないから、千紗姉たちは離れてて」

 人が増え、龍まで上空を旋回しているというのに、妖精たちが姿をあらわした。

「どうしたの? なにがはじまるの?」

 好奇心に負けて出てきてしまったらしい。

「私たちを食べにきたんじゃないでしょうね」

「怖い、人殺し!」

「あんた、人じゃないでしょ」

「そうだ、妖精だった。妖精殺し!」

「私たち食べてもおいしくないよ! お腹壊して泣くことになるんだから」

「羽はもそもそするし」

「そうだそうだ」

 妖精はおしゃべりみたい。やかましい、気が散る。太郎が呼んで、ガスがうなり声をあげたら、みんな消えた。

「用意はよいか、小僧」

 上から声が降ってくる。龍は体で輪を作るようにして太郎の頭上、同じ場所を飛んでいる。

「お願い」

 太郎は柄を握りしめ、足を踏ん張り、膝を突っ張り、腰と背中を反らせて、刀を引き抜こうとする。歯を食いしばる。んぐんがぁと言葉にならない声が漏れる。

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