第4話
両手で柄を握り、両足を踏ん張る。全身を使って引き抜こうとしても、頭に血がのぼるばかりで刀にかわりはない。
「ごめん、みんな」
妖精たちは落ち込んでいる。太郎は刀を抜き泉を復活させることに失敗した。大人の使う刀を、しかも大きな怪物が泉に突き立てた刀を、子供の太郎が抜けるとはあまり期待していなかったようだけれど。妖精たちからすれば太郎も大きく感じられるから、淡い期待を抱いてしまったらしい。
「いいの、ありがとう。これからどうするの?」
「人間がこの世界にきているとしたらどこに行くか、なにか思いつかない?」
「瀧のほうかな、水がないと人間は生きられないでしょう?」
「それって、どっち?」
サンが指さして教えてくれる。
「あっちか」
特に目印があるでもなく、緑の地面に点々と木が立っているだけの風景、空も変わり映えせず続いている。
サンは景気づけのように目の前をびゅんびゅん飛び回る。
「元気でね。もしいたら会えるといいね、千紗姉に」
「うん、ありがとう」
手を振って妖精たちと別れた。
「ガス」
背後からガスがあらわれて、太郎の横にくる。
「やっぱり千紗姉はいない?」
耳を動かし、鼻から空気を吸い込む。
「わからない。水の匂いと流れる音は感じる」
「それが瀧だね、きっと」
太郎はガスの背によじ登る。手のひらがひりひりする。
「瀧まで連れて行って」
太郎が首筋につかまると、ガスが駆け出して体がリズミカルに揺られた。
地面に岩が露出するようになって川にあたった。これを登っていけば瀧に着くだろう。ガスはそろそろと岩の上を進み、段差をひょいと乗り越える。
太郎の耳にも瀧の音が感じられるようになった。高い岩壁の下を回りこむ道ができている。岩壁の先だ。
ガスが足を止める。岩壁に身を隠して先をのぞき込む。
「静かに。千紗だ。龍と一緒にいる」
龍? 妖精たちはそんなこと言っていなかったけど。ガスの背から降り、太郎も下からのぞく。
落差の大きな瀧。重なるように龍が身をもちあげている。頭を垂らして、その手前に人の背中。制服姿の千紗姉だ。
岩壁の先は瀧の手前まで岩の道が広がって広場を作っている。瀧に落ちそうなくらい端に千紗姉がすわっている。
「千紗姉を助ける」
太郎は足もとにあった石を拾い、岩壁から躍り出て龍に向かって投げつける。ガスが太郎を飛び越えて駆けつけ、千紗姉の背後から龍の頭に咬みつき攻撃。
龍は頭をもちあげてガスをかわす。ガスの体が横向きに倒れ、横腹にしがみついていた太郎がガスを蹴って飛び上がる。龍の鼻先にしがみついた。
ガスは龍の長い胴体を蹴って岩場にもどり、千紗姉救出に向かう。ガスの目の前に白いおこじょがあらわれて、シャーと威嚇する。急ブレーキ。
「太郎、やめて!」
合唱部の千紗姉の声は瀧周辺に轟いた。すべてが制止した。瀧と流れは一瞬だけ止まった。
龍の頭がゆっくり移動して、千紗姉のいる岩場へ太郎を運んだ。千紗姉が太郎を引きはがす。
「太郎、会いたかった」
抱きしめられて、太郎は不思議な気分だった。龍は千紗姉を食べようとしていたのではなかったの?
「私を龍から守ってくれたのね。ありがとう」
我に返り手を突っ張って千紗姉から離れると、すぐ横に龍の大きな頭があった。
「わっ」
太郎は自分から千紗姉の胸に飛び込んだ。
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