第3話
立ち上がり、太郎はあたりを見回す。妖精の森という割には、木はまばらにしか生えていない。足元は芝生なのか、緑色の地面。
あらためてみると、空は手が届きそうなほど低い。家の天井くらいの高さかもしれない。
世界全体が作り物めいている。ここは、人間の世界ではない。
妖精たちが姿をあらわした。
「ああ、ごめん。驚かせちゃったか」
太郎を遠巻きにしている。
「ねえ、千紗姉、人間の女の子知らない?」
妖精たちは顔を見合わせる。
「私たちは太郎しか見ていないけど。一緒にこっちにきたわけ?」
名前はなんといったか。
「サンだけど」
顔に出てた? リーダー的な存在かもしれない。サンが目の前を飛んでいるから手を差し伸べてやると、手のひらにとまった。重さは感じない。
「サン、教えてくれてありがとう。わからないんだ。こっちにくるまえは、一緒にいたというか、喧嘩して別れちゃったところだったんだけど」
「寂しいの?」
聞かれてみると、胸がしぼんで息苦しくなる感じがした。涙がでそう。
「もう会えないってわけじゃないから大丈夫。それに、喧嘩したばかりだもん」
今千紗姉があらわれても、また逃げ出したくなってしまうかもしれない。
「私たちがいるしね」
本当だ。まったくのひとりぼっちだったらどんなに寂しかったか。
「おどろかないでね、大きい犬が出てくるけど」
サンたちは首をかしげる。
「ガス!」
太郎を巻き込むように寝そべって、ガスがあらわれる。妖精を驚かせないように気を使っての姿勢。
サンは太郎の首にしがみついた。何人かの妖精はやっぱり消えてしまった。
「千紗姉は?」
ガスの鼻の上をなでる。鼻をもちあげ、すーすーと空気を吸い込んだ。
「近くにはいない」
「そう」
やっぱり寂しいかもしれない。がっかりした気持ちは認めなければならない。でも、近くにいないだけだ。この世界のどこかにいるかもしれない。もしいるなら、探さないと。千紗姉だってひとりぼっちは寂しいだろう。
「ねえ」
手のひらにもどったサンだ。いつの間にかガスの上に乗っている妖精もいる。危険はないとわかってくれたみたいだ。
「ちょっと頼みたいんだけど」
「なんだい」
「まずこっちきて」
羽をパタパタさせて、といっても音はしないけれど、手のひらを離れて飛んでゆき振り返った。ほかの妖精たちもサンに従う。
ガスは白い霧となって消えた。太郎はサンたちのあとについてゆく。
サンに誘導されてきたのは、砂場?
「ここは?」
「私たちの泉。だったところ」
「枯れちゃったの?」
サンは飛んでゆく。砂場の真ん中になにか突き立っている。妖精たちはそこに集まって、なにをしているのか。サンたちは突き立った棒のようなものを引き抜こうとしているようだ。
そばにやってくると太郎にも分かった。刀が砂場に突き刺さっている。
「これは、刀?」
「気持ちのわるーい顔した頭でっかちのでっかいのがきて、仲間を捕まえて殺しちゃった。百人以上も。
こうやって手でつかんで、親指でぼきって首を折って殺したり、もう一方の手で首をねじ切ったり、咬み切ったりしたの。そこいらじゅうに妖精たちの死体が散らばった。
生き残ったのは、私たち七人だけ」
それはひどい。姿を消しても怪物には捕まってしまったようだ。
「それで、最後には泉の湧き口にこうして刀を突き刺してしまったの。それ以来、泉は枯れ森も瀕死の状態ってわけ」
「これを抜けばまた泉が湧きだすってこと?」
「たぶん。ねっ、これ抜いちゃって」
「抜いちゃってって言われても、僕に抜けるかな。大人の刀だよ、これ」
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