第2話
家の裏は山。少し登って、となりの家からも登った等距離のあたりに、太郎は隠れ家をもっている。
枯れ枝を紐で括って壁にし、物置小屋を作ったとき大工さんからもらった廃材を組み合わせた、家どころか小屋とも言えないような代物。それでも、太郎は自分の隠れ家を気に入っていた。自分のものだからだ。
「太郎、はいるよ」
背を屈ませて制服姿の千紗姉が隠れ家にはいってきたから、太郎はお尻をずらして端っこに寄らなければならなかった。千紗姉とはふたつしかちがわないけれど、子供というより大人に近い。隠れ家はいっぱいだ。
制服が汚れる心配があるから、太郎は使っていた座布団を千紗姉がすわる地面とお尻の間に滑り込ませておいた。
入口の外からお盆を引っぱって、ふたりの前に饅頭と煎餅の皿、急須と茶碗が据えられる。
「お腹すいたんじゃない?」
「すかない」
太郎は千紗姉の方を見ずに答える。
「このお饅頭はね、こしあんだよ。いまお茶いれるね」
急須からお茶をふたつの茶碗に注ぎ分けてくれる。饅頭はひとつなのを半分に割った。一方はそのまま口へ運ぶ。
「んん、んまい」
ずずっとお茶。ああ、となんだか気持ちがそわそわするような息をついた。
「また喧嘩?」
「ちがう。もう」
「もう?」
「喧嘩になんてならない。誰も僕に近づかない」
太郎は膝を抱き寄せ、固くちぢこまった。
「そっか」
膝を抱えたまま、千紗姉に頭を引き寄せられる。頭のてっぺんに顎があたっている。
「私がいるからいいじゃない。喧嘩にならないことはいいことだよ」
「うるさい。千紗姉なんて嫌いだ」
背中が隠れ家の入口にあたって、痛みがあった。
裏山を駆け下りながら、千紗姉が半分にわった饅頭にかぶりつく。お茶がほしくなる甘さ。千紗姉から逃れる際とっさに饅頭をつかんでいた。
「こっちだよ」
もう夕飯時だというのに、まだ空は明るい。その空からか、山のどこかからか、声がした。張りのある、子供の、男の子の声。
こっちだよ、こっちだよ。
こだまするように、繰り返し聞こえる。
頭を巡らすと、周囲の木々が太郎を中心に回りだし、視界が暗くなってゆき、太郎は意識を失った。
千紗姉。
太郎が目を開けると、横向きに寝そべった体、目の前に小さな女の子。年齢ではなく、大きさが小さい。手のひらくらいの大きさしかない。年齢は、千紗姉くらいに見える。大人に近づいている。服装は体にぴったりした布、手足は肌が出ている。背中にトンボかセミみたいな透明な羽がついている。
頭をあげて見回すと、太郎のまわりにほかにも小さな女の子が取り囲んでいた。ゆっくり体を動かし、上半身を起こしてすわる。
「あなた名前は?」
ひとりの女の子が羽をパタつかせて目の前にやってきた。
「太郎。君たちは?」
ウィンディ、クラウ、サン、レイ、スウ、ダーク、ミスト。
いっぺんには覚えられない。バラバラに飛んだり、地面に立っていたり、すわっていたりするから、誰が名乗ったのかもよくわからなかった。数だけ数えて、七人いることだけ覚えた。
「ここはどこ?」
意識を失う前の夕方の空のように、周囲は明るい。見上げると、夜のようだった。藍色の空に星型が描かれている。現実の夜空ではない。
「私たちの森。妖精の森といったほうが、ファンタジックかしら」
「妖精って。えっ? 千紗姉は?」
妖精たちはシャボン玉がはじけるみたいにして消えてしまった。急に大声を出して驚かせてしまったせい。
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