太郎と千紗姉(OPP2 守護獣)

九乃カナ

第1話

 子供の躰に咬みつき、肩から腕を引きちぎる。千切れ目から歯を使って皮を剥ぐ。骨を削ぐようにして肉を梳き取る。

 若い肉は柔かくて美味い。難は、独りぽっちの肉では物足りない事。あと二三人は調達しないといけないところだ。

 胸を割って、心臓をつかみだし、食いちぎる。

「おい、早く次を連れてこい。腹が減って、ついお前を食っちまうかもしれねえぞ」

「それは怖いなあ。食べられたら、もう遊べないじゃないか。ああ、怖い」

 オカッパ頭の少年は暗がりの中なのに眩しそうな顔をして振り返った。

 大人の男の倍ほどの背丈。異様にデカい禿げ頭に短い手足をもった醜い鬼。手首まで剥いだ皮が垂れさがる腕をしゃぶっている。外にのぞいている部分から判断するに、肉はもう残っていない。

 胡坐をかいた目の前には腕をもがれた子供の死体が、鬼の周囲には骨ばかりになった多くの子供たちが転がっている。白い鳥の巣の真ん中に坐っているみたいだ。

「君の食欲には限度ってものがないみたいだね。僕の友達を皆そんなにしてしまって」

 喉を鳴らして少年を威嚇する鬼。

 少年は肩を竦めると、両腕を横に伸ばして着物の袖を風にそよがせるようにしながら、下駄で軽快に駆け出す。睨みつけていた鬼の視界から少年の姿はすぐ光の中に消えた。


 子供達は学校が終わると神社で遊ぶ。そういう日課だ。

 太郎、勘助、松三郎が遊んでいた。勘助と松三郎を追いかけて、太郎が走っているとき、上から水が垂れてきた。坊主頭をなでる。地面に跡ができる。空は晴れているものと思っていたけれど、頭上を見ると黒っぽい灰色をした雲があった。

 天気雨だ。

 雨宿りをしないと、間もなく着物も体もぐっしょり濡れてしまう。

「太郎、走れ」

 勘助が振り返っている。

 うん、と返事をして前を走る三人の後を追って駆け出す。子供の背中がみっつ。空から降る雨は太陽を反射してキラキラ光っている。顔が濡れてゆく。鉄の臭いが鼻から口から侵入して肺を満たす。舌には鉄の味。

「こっち、雨宿りができるよ」

 ひとりの子が誘導する。

「ちょっと待って」

「どうした太郎、置いていくぞ」

 皆立ち止まった。時間まで止まったよう。雨滴が輝きながら降りつづけている。雨音が強くなった。

「その子誰」

「誰って、お前。忘れたのか?」

 勘助、松三郎。もうひとりの子を太郎は指さしている。

「知らない。誰?」

「誰って、なあ」

 勘助と松三郎は顔を見合わせる。横で、男の子がにこにこしながら真っすぐ立っている。金色に輝くオカッパの髪、白い顔、赤く薄い唇。雨に濡れているようでもない。

「ガス!」

 太郎は時の止まったような世界を震わせるくらい大声を発した。

 狛犬くらい一口で噛砕いてしまいそうなほど大きい犬が背後から現れ、太郎を回りこんで横に立つ。うなり声。

 勘助と松三郎は恐怖で腰を抜かしてへたり込む。犬は二人を飛び越え、オカッパ頭の子に飛びかかり頭から咬みついた。

 すぐに太郎のもとへもどる。

「すまぬ、空振りだ」

「いいんだ。ありがとう、ガス」

 太郎にガスと呼ばれた犬は白く霞んで消えた。

 勘助と松三郎は、地面に手を突き、這うようにして走って行ってしまった。太郎はこれ以上濡れることはないというくらい濡れて、天気雨の中突っ立っていた。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る