第249話:再びの剥奪

「冬ちゃん、本当に大丈夫?」

「はい、大丈夫ですよ、杯波さん」

「先輩、何か困ったことがあるなら私に相談してくださいね」

「はい、ありがとうございます暁さん」


 左右から常に声をかけてくる二人に、冬は律儀に答えを返す。

 それはまるで二人を亡くしてしまったがために穴を埋めようと会話することで埋めようとしているかのようにも、どこか無理をしているようにも見えた。


「冬、本当に平気?」

「はい、大丈夫ですよスズ」

「……冬君さ、さっきから変だよ?」

「はい、大丈夫ですよ瑠璃君」

「……いや、それが大丈夫やないっていっとるねん」

「はい、大丈夫ですよ松君」

「「これは、だめだな(ね)」」


 冬としては、二人が生きてくれていたことに、そしてこの場に死んだと聞かされていた瑠璃も生きてこの場にいることや、目の前でばらばらにされた枢機卿も声だけとは言え今は傍にいること等、戻らないはずの皆が戻ってきていることに、幸福感とやり直せていることに支配されてしまい、脳がショートしてしまっていた。


 本当は、松も実姉のピュアも義兄のシグマも。冬がやり直す時点で亡くなっていたのだが、それを冬は知ることはない。


「おーい、もどってこーい」

「はい、戻ってきてますよ、ピュアさん」

「では。私のことは姉と慕いなさい」

「はい、わかりました水原さん」

「よろしい」

「姫ちゃん、どさくさに紛れて何言ってんの」


 次第に。

 流石に何を言っても同じような回答しかしない彼に。嬉しそうに笑顔を絶やさないことが余計に怖い。と思わせるほどに、周りも心配になってきていた。


 だけど、それを好機と気づいた未保が、攻勢を仕掛ける。


「じゃあ先輩、私と結婚してください」

「「え」」

「は――」

「そ、それはダメっ!」


 先程から反射的に答えを返している冬の口をむぎゅっとスズが慌てて手で塞ぐ。

 にこにこと笑顔のまま同じ回答しかしていなかったが、口を押えられてやっと我にかえったのか、「むぐっ!?」と驚きの声をあげた。


 正しくは、不可抗力ではあるが、スズが口と鼻を押さえてしまったがために、息が吸えなくなって窒息しそうになったから、ではある。


「……未保ちゃん……」

「えー、せっかく先輩の口から承認得ようとしたのに」

「お……恐ろしい子……」


 スズがほっと胸を撫で下ろし、和美が「自分もその手を使えばよかった」と未保の策略に戦慄する。


「もう二人とも、いい加減諦めてくださいっ!」

「えー、やだー! 冬ちゃん、私、頑張るからねっ!」

「先輩っ! 私も頑張ります! 何かできることあれば言ってくださいっ!」

「? ええ。お願いします……?」


 スズがやっと押えていた口と鼻を解放してくれたので、ぜーはーぜーはーと必死に酸素を追い求めながら以前と同じような回答をする。


「冬……頑張ろうね」

「スズ?……はい、頑張りますよ」


 スズはそんな二人に頭が痛いのかこめかみに指を添えてため息まじりに二人と同じようなことを言うのだが、冬は、


 何を頑張るのか分からないのは、今も前も同じですね。


 なんてことを、よく分かっていない為思う。


 だけども、冬からしてみれば、確かに今この瞬間から頑張らなければいけないのだ。


 あのような未来はきっと、繰り返しません。


 どこかに突破口があるはず、と。二人を亡くすこともなく、瑠璃も枢機卿も死なずに済むような。そして、スズも『縛の主』に捕らわれることもないように。



 スズからの激励は、そんな考えを引き締めてくれる結果にもなった。

 今も、その突破口がどこかにないか、探すべきだと、思考を巡らせていく。



 が。


 スズや和美や未保の「頑張る」という発言は、この時点で、実姉が目の前にいるのに実姉と気づけず、また実力や許可証ランクが伴わない為に実姉から正体を晒してもらえないことについての、激励ではあるのだが、冬は過去も今も、それに気づくことはなかった。


 互いの意見が食い違っていることに気づかないまま、でも互いの意識はより高められていくそんな中。


「ねーねー。ラムダの服が破けてるのなんで?」

「「聞くな!」」

「?」

「お前は、もう二度と俺達に『幻惑テンコウ』使うなっ!」

「なんでっ!?」


 実姉であるピュアは、全然関係ない話で夫や被害者から怒られる事態に陥っていた。





□■□■□■□■□■□■□■




「さて。ラムダ。B級昇格おめでとうございます」


 そんな騒ぎも落ち着きを取り戻し。

 姫が皆が集まって祝おうとしてくれている理由を伝えたのは、大所帯となった冬の家のリビングで、ゆっくりと団欒をしている時。


 それを冬は、


「そう言えば、そんな話でしたね」


 ぼそっと。

 誰にも聞こえないように呟いてしまっていた。


「……なにか?」

「いえ。……僕、B級に昇格しているんですか?」



 改めて、当時どう言ったかを思い出してその通りに驚いてみる。芝居がかかっているように見える仕草に、祝いの言葉を伝えた姫がまた無表情ながらも疑わしく思っているように冬には見えた。


「何の祝いやと思ってたねんっ」

「……おい、枢機卿」

『……あ』

「「あ……?」」

『……言い忘れていましたが、なにか?』

「「まさかの開き直り」」


 そんな枢機卿の天然っぷりに、その場にいる全員が、もしかして主人に似たのか、なんて疑問を覚える中、冬だけは、


 ひめ姉はとても鋭い。疑われてしまえば、これから先の一大イベントに支障をきたしてしまうかもしれない。と、違うことを考えていた。


 姫に疑われてあの場で裏切られてようものなら、それこそやり直した意味がない。


 一人一人の考えと行動が、少しでも違ってしまえば、恐らくは未来は変わる。

 それこそ、すでに前回とは違ったやり取りもあり、違和感もあるのだから変わってしまっている可能性もある。

 それを変えずに、自分の思う通りに進めてきた樹を、素直に凄いと思った。


 何気なく煙草を取り出して吸おうとしたシグマの煙草を、姫が型式を使わず叩き落としたりしながらも、刻一刻と一大イベントへと突き進む。


 ここではない。今ではない。


 冬は、冷静に今を判断する。

 ここはまだ、何も始まっていない。

 始まっていないからこそ今であるとも言える。


 今ここで皆に話してしまえば楽になれるとは思う。

 だけども、彼女達が危険であることは変わりない。それであれば、彼女達を守るためにも、一瞬の隙を狙って、攻めるべき。


 冬は、今から起こるであろう出来事を知りながらも、ぎゅっと拳を握り、その瞬間まで耐える。



「枢機卿。協会に承諾の回答を行っていないのでは?」


 姫が冬へ、裏世界――許可証協会へと向かうよう進言する。


 ここが始まり。

 冬はそう感じながら、この言葉の通り進んでいく。



「冬っ!」

「先輩っ!」

「冬ちゃん!」


 三人娘に同時に呼び止められ、冬は身を止めて振り返る。


「「「目指すは、S級っ!」」」


 ああ、この時に言われたことも、守れていなかった。


 あの時も今も、なぜ三人が自分をS級にさせたいのか分からないままではある。

 きっと今度は守ってみせる。



 だから、その応援に冬は、



「はいっ! いってきます!」



 笑顔で、自分の背中を押してくれる三人へと誓う。

 冬は、前回と同じように答えた。

 前回と同じように、皆から応援を受けて先へと進む。
















「B級昇格おめでとう」


 そして許可証協会エントランスへと姫と共に辿り着いた冬は。


「――では、お祝いを兼ねて。日頃の行いを恥じて、死んでもらおうか」



 前回と同じく。


 裏世界。

 許可証協会を管理・運営する『高天原』の最高評議会『四院』の一人。

 <情報組合>の管理者『疾の主しつのぬし』。



      形無疾かたなし やまいによって





 B級許可証所持者昇格と同時に、剥奪、黒帳簿ブラックリスト入りを言い渡される。



「……」



 ここではない。

 まだ、この時ではない。



 この時点で、自分の家に集まってくれていた正真正銘の仲間達は、動いてくれているはず。

 あの時と同じであれば。そう確信しながら。



 冬は、虎視眈々と、自分が動くべきその時――



 ――動くべきターニングポイントを、見定める。

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