第248話:Re・Take


 姫の登場から先は、冬が前回辿った道とほぼ同じだった。


 例えば――


「ぅぉっ。姫、何しにきた」

「何しにきたとは失礼な。ラムダが型式を無事会得したと聞きまして、そのお祝いに、と」


 リビングにすっと来てすっと丁寧な所作で姿勢正しく座る姫が、シグマの驚きに無表情に答えるところとか。


 ああ、そう言えば。この時はまだ僕は、ラムダでしたね。


 なんていう思いを持ちながら。


「型式で思い出しましたが、紅蓮より聞きましたよ。型式を使った技をすぐに編み出した、と」


 という、姫からのまさかの二度目のダメだしを食らってみたりとか。



「『舞踊針ぶようしん』、でしたか?」

「……はい」


 その声はまるで品定めのよう。

 でもその声は、冬にとっては久しぶりの、姉と慕った姫の声であり。姫の無表情ながらにも慈愛がほんの少し滲む瞳に、思わずまた涙がこぼれそうになる。


 でも、それとは別に。

 冬は、妙な胸騒ぎを自分が覚えていることにも気づく。



 そうです。そうですよ。

 ここで僕は――


 どきどきと、先程とは違い不安で高鳴る胸を悟られないよう返した言葉に一時の間が訪れると、姫は、まるで獲物を見つけたかのように見つめて鼻で笑った。


「中二病」

「う……うぐっ」

「話に聞くと、針を『疾』の型で浮遊させ踊るように舞わせ、防御と攻撃を兼ね揃える技のようですが、隙がありすぎるようですね」

「は、はい……」

「その隙の例でいうと。例えば、体の周りを衛星のように廻っているだけなら腹部だけしか守れていないのでは? 思考するための頭部の防御は? 逃げる為に使う脚部の防御は?」

「疎かでした……」

「ぶようしん? 大層な名前の割には防御は疎か。であれば、防御を捨てて攻撃だけに特化したほうがよいのでは?」

「はい……おっしゃる通りです……」




「……『舞踊針』ではなく、『無用心ぶようじん』にしたほうがよいのでは?」



 ――ここで、針と『疾』の型と合わせた作りたての型式の技を、一蹴されたのですよ。



 と。

 辿った道とまったく一緒の話に。

 なぜか姫になじられているような感覚に、ぞくぞくと背中に走る寒気に若干興奮しながら、当時の自分はなぜにこうも姫に技の名前を変えられていたのかと、苦笑いを浮かべてしまう。


「はい。僕はあの技を『無用心』と名を改めます」

「よろしい。精進なさい」

「「本当にそれでいいのか!?」」


 当時の自分のリテイクをしているようで、冬自身もどのような会話をしていたかすべてを覚えているわけでもないが、やはりあの時と同じやり取りに喜びを感じてしまう。

 ただ、細かい部分は覚えていない為、少しは違っているのだろうとも思う。これは、自分自身がどう受け答えしていたかも他愛無い会話だからこそ覚えていないのであり、自分の答えが違っているからこそ違う答えが返ってきているのだとも思い、考えることをやめることにした。


 それに、と。

 冬は思う。


 前と同じ道を辿れば、また同じ未来が待っているのではないかとも思う自分もいて。

 覚えていない部分もあることは仕方のないことでもあり、細かな部分でも変わっていればまたこれから先の未来に繋がり、影響する可能性もあるとも考えた。


 前のような未来は求めていない冬としても、少しでも受け答えが違っていてその結果が影響するのであれば、願ったり叶ったりではあるとは思う。


 大きく変える必要はある。


 でも、大きく変えるのはまだまだ先ではないかとも思う。

 こうやってまた皆と会話できていることが嬉しくて。

 だから、変えたくはない。長く続けていたい。そう思う自分がいることも確かだった。



「お前……祝いに来たんだよな……?」

「ええ、そうですが? 私にまた名付けられることを光栄に思いなさい」


 聞いたことのあるような会話。姫が言った『また』という言葉も、以前『流星群ちゅうにびょう』と名付けえられたあの技も、自分が戻ってきたのだと実感する。


「……わいは鎖姫には技できてもみせんとこ」

「その前に。松君はしっかりと型式覚えていかないとね。ちょうど教えてくれる人なら傍にいるみたいだしね?」


 瑠璃の言葉に、冬は「松君ならすぐに『焔』の型を自在に使えるようになりますよ」と、やり直す前に自分が見た松の姿を重ねると、姫が「なぜ『焔』の型だけを?」とぼそりと冬を訝しげに見ていた。


「? ならいいんやけど。まー、わい、天才やからな。雫に教えてもらえんか聞いてみるわ」


 姫の鋭い視線に慌てた冬だったが、言われた松も気にならなかったのか、自分の恋人に教わってみると話を戻す。

 二度目となると流石に驚きは薄かったが、松の恋人が『戦乙女ヴァルキりー』であると聞いて、皆で盛大に驚いたのはいい思い出だった。


「まあ、なんだ。とにかく。こんなに大勢に祝ってもらえるとはいいもん――」


 シグマが煙草を吸おうと指を先端に近づけながら話し出すと、姫にぱしんっと叩かれて煙草が飛んでいった。


「煙草臭いですね」

「まだ吸ってねぇけどなっ!?」


 相変わらず話を聞いていなさそうにころころと話題を変える姫に、懐かしさを覚えながら、次々と冬の知っている場面は進んでいく。




 そして。


「男性ばかりでむさ苦しい。ラムダの恋人の方達はどうしましたか?」

「いえ、あの……僕の恋人はひと――」



 前回は訂正できなかったから、今度はハーレムではないと訂正しようとして――



「あの……本当に言わないんですか?」

「いいのー」

「絶対言ったほうがいいと思う……」

「だからいいのー」

「冬ちゃん可哀想」

「私も可哀想だと思ってー……」



 がちゃりと。

 寝室のドアが、開けられて。



「やっぱり姫ちゃんだーっ!」


 嬉しそうな大声と、ひゅんっと音が鳴って寝室前から四人のうちの一人の女性の姿が消え。次には、ぽすっと音とともに勢いよく姫にその女性が飛びついていた。


「……瑠璃、見えたか? 今」

「見えなかったね……冬君は?」

「……」

「? 冬君?」


 そこから現れた四人の女性――すでに背後に一人向かっているから三人ではあるが――を見たまま、瑠璃とシグマの質問に答えることもせず。


「ピュアも来ていたのですね」

「来てたよー。結婚した報告にー」

「おや。私も初耳です。婚期逃さなかったのですね。これからのシグマのお腹の具合を案じてしまいますね」

「なんで!?」


 シグマが「トイレとお友達になるのはもうこりごりだ」とうんうんと頷く姿よりも。


「いえ。あの型式かと思えるほどに壊滅的な料理なら、間違いないでしょう」

「壊滅的!?」

「結婚したら二人の愛の巣においそれと行けませんし」

「最近全く来てないけど、それよりも来ないのっ!?」

「助けて欲しいので来てくれ……」


 冬の目には、自分の隣を通り過ぎていったであろう今はまだ正体を隠しているピュアこと実姉、永遠名雪よりも。

 やり直し前はそこまで気にしていなかった義兄と実姉の、姫経由で聞く仲睦まじい新婚生活に、今だからこそ姉が幸せだったのだと喜ぶべきなのだが。


「ぁ……ぁあ……」


 冬は、寝室前の扉の前に残された三人を見て、涙を流す。


「え!? ええっ!? 冬ちゃんどうしたの!?」

「せ、先輩っ!? 何かあったんですか!?」


 涙を流して笑う冬に、ぎょっとしてすぐに冬の左右を固める二人に。


「ぅ……二人とも早いよ……」


 少し遅れて最愛が冬の前を陣取りその涙を拭いてくれる。


「杯波さん……暁さん……スズ……」


 生きている。


 生きている二人に。


 やり直し前は裏世界へ誘拐されて、亡くなったことさえ言葉だけで知らされ、助けられなかった二人に。


 同じく誘拐されて、あんな暗い部屋に閉じ込められて最後まで傍にいてくれた、助けたいと思って助けることが出来なかった最愛に。



 また、会えたことに。




       涙が。

          止まらない。

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