第250話:包囲網
何十人と、この時のために集められた、D級とC級、そして、数人のB級殺人許可証所持者達。
あの時もそうだったと。
同じ光景で断罪される、ラムダである自分の情報が、許可証協会のフロントで大きな緑の半透明な液晶画面で表示される。
それは、ラムダという許可証所持者の、罪状だ。
「殺人許可証所持者の品位を下げる行為。それを今まで見逃していたとなったら協会の恥ともなる。だから、この場で死んでもらうことにした」
冬からしてみれば、身に覚えがないその罪状を、あの時と同じく語るは、
目の前の四院。
『疾の主』
「……」
二度目ともなれば、慌てることもなく、周りを見ることができた。だからこそ周りの状況を把握できたのだろう。
当時は、伝えられた出来事が多くて衝撃すぎて、心に落とし込むことに必死だったからと冬は思う。
「幾ら殺人を咎められないと言っても、限度もあれば、それ以外、または行き過ぎた犯罪行為は容認出来ないことくらいわかるだろ犯罪者。許可証について、何でも許してもらえると勘違いでもしたのかね? 自分がしでかした事を認めないと言うのもまた滑稽だ」
狭まる包囲網。
目の前のフロントを『疾の主』という圧倒的戦力が固め、冬を中心に描かれた円を許可証所持者達がゆっくりと縮めていく。
あの時は戦えなかった。
でも、今は違うかもしれない。
あの時と今では戦闘経験も違うと冬は思った。
それに――
「殺人許可証所持者の品位を下げる行為。それを今まで見逃していたとなったら協会の恥ともなる。だから、この場で死んでもらうことにした」
――あの時と違って、自分が持つ武器も充実している。
冬はあの時なかったはずの、今は自身の戦闘服ともなった黒い中国風の服装の下に隠した兵器に気づかれないように触れる。
左右の腰につけられた小さな箱のようなもの。
それは、やり直しの前に枢機卿が水原ナオから新兵器といわれて実験体となるように渡された『布』――自動迎撃システムだ。
この布が真価を発揮した時も同じくこの場であったが、そう言えば、と、枢機卿に渡された時に、自分の持つ武器である『糸』と『針』、そして『布』と来た時に脳裏を過ぎった『裁縫』という言葉に、自分は何を武器にしているのかと呆然としたことを思い出す。
今、この場では不謹慎ではあったとは思うが、懐かしく思えたあの時に、笑みがこぼれてしまい、その笑みを見たであろう許可証所持者達が、びくっと更に警戒心を露にした。
「逃げても構わないぞ。……すでに裏世界中にお前の情報は行き渡っている。表世界へ逃げようが、お前は追われる側の人間だ」
『疾の主』の宣言。
自分が許可証所持者ではなく、殺し屋と変わらぬ存在だといわれた。
……だから?
貴方達は結局、世界を陥れただけじゃないですか。
このまま進んだ先。
そこで何が起きたのか、冬は知っている。
自分の許可証剥奪がきっかけのように二分される許可証協会。
あの時は、冬はスズを助けに行くという理由だけで世界樹へと向かっていたが、様々な思惑が絡んでややこしくはあるが、世界樹――『縛の主』に味方する許可証所持者勢と、冬の実姉が纏め上げた、世界樹への対抗する許可証所持者達との、許可証協会内での内乱のようなものであった。
彼等がもし実姉と同じく世界樹と対抗することが出来たら。
許可証協会全体で世界樹へと対抗できていたなら、もっと未来は違っていたのではないか。
そう思うと、この敵対者達に怒りが芽生えていく。
今はうっすらと理解できてはいるが、理解できていても理不尽に
『縛の主』は一体どれほど時間をかけてこの場を作り上げたのだろうか。
各『主』を仄めかし、『流の主』以外を味方につけて許可証協会をほぼ自分の手を使わずに、スズを手に入れるという目的のついでにさらっと内部から滅ぼしていくその手腕に感嘆する。
スズを奪われる。冬は一度経験したそれに、ぞわっと背中が冷たくなった。
だけどまだ。
まだ、この時に動くべきではない。
今度こそ、スズを助けてみせる。
スズだけでなく、自分の周りで理不尽に犠牲となってしまった皆を救ってみせる。
救うために動くタイミングは、ここではない。
だけども。と。
冬は周りに蔓延る緊張感を無視して、絶望しているような演技をしながらこの状況を冷静に分析していく。
この時、すでに詰んでいた。
考えれば考えるほどに、そう言われてもおかしくはない。と思った。
現に、冬は以前はこの光景と事実に、絶望し、まともに動けなくなっていたのだから、冬自身はここで、『縛の主』と戦う前に、戦うということさえさせてもらえず敗北していたのだと、やり直した今ならよく理解できた。
この後実姉達に助けられた冬ではあったが、持ち直したところで殺し屋等も絡んでいき、力不足を痛感しながら敗北。
戦う意志をもったところで何の意味もないほどに圧倒的な力の前に負けた冬は、その一連の流れさえも『縛の主』のシナリオだったのではないかと考える。
……樹君の気持ちが、少しだけ分かった気がします。
やり直したからこそ見えてくる、自分だけではどうしようもない状況。
これに、樹は何度も足掻いて未来を変えようとしていたのだと、冬は樹の行っていたことを尊敬してしまう。
これが、世界樹からの侵攻であると声を高らかに叫べば何か変わるのだろうか。
何も、変わらない。
彼等の中で、今この時点で、自分は『敵』なのだから。
許可証所持者とはなんだったのか。
証明書があるから人を殺していい。人を殺しても許される。
それが、この裏世界で何の意味があるのだろうかと。
この裏世界で、なぜ殺し屋がいるのだろうか。
なぜそれを抑えなければいけないのだろうか。
抑えたところで、表世界で自分は殺し屋と出会っているのだから、抑えきれているわけでもない。
中途半端な存在。
ただ、表世界の住人が裏世界へ向かうための切符のようなものであり、門が狭く取得しなければ一方通行となってしまうだけのもの。
自由であれと掲げた世界で、自由を抑制しようとする許可証。
それを管理する、裏世界最高機密組織『高天原』が有する許可証協会。
改めて、この許可証というものがなんなのかと、考えるべきなのではないかと思った。
許可証そのものが悪いわけでもない。
でも、今の状況は、許可証協会そのものが許可証所持者を使って理不尽に無実の相手を陥れているだけだ。
怒ってもいい。
暴れてもいいのではないか。
今なら新たな武器もあるのだから、少しは抵抗できるかもしれない。
「無駄ですよ、ラムダ」
無駄。
その言葉に、自分の思考を読み取られて意味がないと自分の力のなさを指摘されたのかと思い、びくっと身を震わせた。
「ひ――水原さん……」
とんっと、前回とは違って、怒りに身を任せて暴れそうになった冬に、くっつくように姫が背中合わせになり、更に言葉を続ける。
……ああ、そうでした。
僕は、この時、一人じゃなかったのでしたね……。
冬は思い出す。
この時、どれだけ頼りになる人が、側にいたのかを。
「貴方はすでに、
やり直す前も、今も。
こうして――
「安心なさい。貴方を助ける為にここにいるのです」
――前と同じように。
背中を預けてくれるんですね。
この先に伝えられれることも、冬は覚えている。
「水原さん……信じてくれるんですか……」
最後まで信じてくれる姉のような彼女に、冬は最近涙腺が緩くなったかと思うくらいに涙を零してしまう。
「貴方の家にいた誰もが、貴方がやっていないことくらい分かっておりますし信じております。枢機卿も身を案じておりますよ」
そう言うと、姫は冬にくっつけていた背中を離し、一歩前へと。
「何をしたいのかは分かりませんが。これ以上は、私の弟への敵対行為と見做し、私が相手を致します」
彼女――水原姫は。
冬を助けるために、包囲網への二度目の宣言をした。
その二度目の宣言を聞いて、冬は前回とは違う意味での涙を零した。
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