第223話:『焔』を纏いて 6


 体が死んでいく。


 その感触だけを感じながら、わいは何度も考える。


 今できることは、考えることだけだったから。

 考えることでなにかができると思ったから。


 甘い。

 それは甘いことだと理解はしている。


 今もこうして体は死んでいく。

 だから何もできるわけがない。動かないのだから。



 なぜ考える? 生きるため?

  いや違う。生きていられる状況でもない。

   では、動くために?

    動けない。動けるわけがない。



     ――ならば、なぜ考える?




 助けたいからだ。

 彼女を、護りたいからだ。



 護りたい。

 助けたい。

 傍にいたい。




 考えることで彼女の支えになれないか。

 彼女のために何かできないか。

 彼女と共に助け合えないのか。

 考えることだけが――いや、考えることだけを、今は出来る。

 


 

 この体は、動いてくれない。

 死んでいるから。

 もう、生きていないから。




 では、なぜ動かない。

  心臓がないから。

   なぜ動こうとしない。

    すでに死に体だから。

     なぜ戦おうとしない。

      戦える程の血がないから。

       なぜ抗わない。

        戦えるなら戦いたい。


 

 であれば、なぜ――




       ――なぜ、自分を、信じない。




 何を信じる?

 信じたら何か出来るのか。



 やればできる。


 そんなことを言うやつをテレビで見たけど、こんな状況でもやればできるのだろうか。信じれば叶うのだろうか。思わず文句を言いたくなった。

 文句を言いたくなるほどに今の状況は好転することがない。だけども、そのように文句を言われるとは言った本人も思ってもいないのだろう。





 ――なぜ。

   ――立ち上がれることができると、自分を信じない。

 




 立ち上がりたい。

 立ち上がればきっと。

 戦うことができるはず。




 ――どうやって?



 立ち上がる方法がある?

  それは何?

    怒りを力に変える?

     何をする?


 ……型式?

    自由な力。与えられた式?

      自分が考える、自分だけの力?




――さかれ。

  ――怒りを力に。

   ――のように、熱く、気高く。

    ――高く、高く。天をも穿つ、柱となれ。




 怒りを、燃やす?

  何に変える?

   この力を変換するなら何に変換する?

    どれがしっくりくる?










     ――『焔』。

      そう。『焔』だ。





「……『焔』の型……」




 今にも燃えて朽ちそうなこの体を。









 『焔』に。

 怒りを全て、『焔』に変えればいい。


















  【お前等……

     わいの彼女になにさらしとんねん】





 辺りに響くように。

 振動のように響いたその声とも思えない言葉に、その場にいた誰もが動きを止めた。


 その言葉を発したそれを、信じられないというように、誰もが凝視する。


 そこにいたのは――












 怒りのあまり立ち上がる。

 いや、立ち上がることができた。


 目を開く。

 開くとそこは真っ赤な世界。薄い赤一色の世界の中に様々な輪郭が縁取られていて、辛うじてそこに何かがあると理解できるような世界。

 言葉を紡ぐ。

 紡がれた言葉は聞き取りづらいような、普段とは違う低いかすれた声。

 動かなかった体が動く。

 動くなら、自分の恋人とともに戦うことができる。

 普段より体が軽い。

 自分の体を見てみると、赤い景色の中でも更に赤くめらめらと燃えるような太陽から時折発せられるフレアのように、『焔』が、体全体から立ち昇る。


 『焔』が体全体に行き渡っているのだろう。

 陽炎のようにゆらゆらと蠢く自分の姿を思い描いて、ふっと思わず笑ってしまう。



 今の自分の状況は理解した。理解したのであれば、行動に移さなければならない。




   【死ぬ覚悟、できとるんやろうなぁ】




 辺りに威嚇のために言葉を発する。

 言葉が発せられるたびに辺りにいる見知らぬ男達はびくりと体を震わせる。


 そりゃそうやで。

 こんな姿の化け物が睨み利かせて来たらさぞかし怖かろうなぁ。


 なぜなら、わいは――




     炎の塊になっているから。




   【なんや。やればできるもんやな】



 出来ないと思い続け、考え続けていた自分が、あの時「やればできる」なんていうやつに文句言ってたことを思い出しては笑いがこみあげる。




 ああ。でも。




 この状態は、すぐに終わる。コスパわりぃってわけでもないっぽいし。わいの状況が状況やからかもしれへん。

 もって、十分から二十分というところや。

 こ~んな力を使えるんなら。もうちょっと時間があったんなら。型式っちゅうもんをもっと早くに知ることできてたんなら。もうちょっと皆の役に立てたかも知れへんし、もっと今の状況を好転させられてたかもしれへん。



 悔やんでも遅い。

 だから、今やるべきことは。


 自分の残りカスの命を使って。

 自分の恋人を――姉の雫を護ること。




 【死にたいやつから向かって来いや。

      来なくてもこっちからいくけどなぁ】




 めらめらと辺りを高温で熱しながらその場に立つ





       『炎の魔人イフリート








【頑張ってね、そ「ばか」す君。先に待ってる】

【……ぉぅょ。頑張ったるで、筆ぺんちゃん。だからよう待っとれや】






 炎巻き上がる風に乗って、仲間の声が聞こえたような気がして、にやりと笑って答える。




 立花松。本名:久遠秋。

 C級殺人許可証所持者『フレックルズそばかす




 彼が生きていられる残り時間は、




 ――約二十分。







 これから先は。

 その二十分の間に起きた、まさに彼の命が燃え尽きるまでの、話。


 そして。

 彼女と彼の復讐が、終わる話。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る