第224話:『焔』を纏いて 7
一つ――
――その腕を振るえば炎が舞い上がる。
彼がその腕を振るうと、辺りに彼女が作った氷の塊が、じゅっと音をたてて溶解する。
仲間達が簡単に壊しているようにも見えたが、あれはそう簡単に壊れるものじゃない。簡単に壊せているのは仲間達が『焔』の型で自身の火力をあげ、『疾』の型で速度を強化し『焔』の型の一撃に速さを加えているからこそ行える高等技術の芸当であって、普通に殴ったり叩いたりするだけで壊れるものではないはずなんだ。
それこそ、あれに普通に触れば、そのままくっついて死んでしまうほどには冷たく、あれに囲まれてしまえば凍死してしまうほどには冷たい。
だから、最初はあの氷の槍で満遍なく弟君を包囲するように作られたドーム状の氷は、彼を冷凍し保存するためのものなんて用途もあったのではないかとも思っていた。
いや実際、そうだったんだろう。
だけども、今こうなったのは、まさに彼女も、この場にいる誰もが予想もできないことであり、理解できないことでもあったのだから、彼女だけがおかしいというわけでもないのだ。
死人が、蘇るなんてことは。
二つ――
――群がる仲間達に、降りかかるは炎。
彼女――しずくちゃんは、自身の大切なものには異常なまでに愛を注ぎ離そうとしないし、離れようともしない性格だ。
だから彼女自身、自分の大切なものを傷つけられたくなくてあのようなことをしたのは間違いない。
いや、性格じゃない。愛情深いといえばいいのだろう。愛情と言うよりは妄執に近いとも言える。
だって、俺がそう仕向けたのだから。
三つ――
――形を持たない炎が、仲間達を包み込む。
――少しずつ、ゆっくりと。
燃え盛る炎は、俺の仲間を焼き切っていく。
その男は。
俺が欲しいものを、俺が彼女の弟から奪うことのできなかったそれを一心に受けては彼女の愛慕を欲しいがままにする、男。
俺の殺したい男が。
死人となって、俺としずくちゃんの恋路に、待ったをかける。
こいつが俺にとっての。
ラスボスなのだ。
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最初は気まぐれだった。
『
『
ただ彼と敵対すれば命がいくらあっても足りないことを知っているから手伝っただけ。
なのに、その姉弟は。
燃え盛る業火の中、互いの身を案じながら必死に生き抜こうともがく。
炎に妨げられながらもその家の中で安全な場所を求めて歩く様を見て。
特に、その姉の献身的な弟への愛をみて。
ああ……どうしてその愛は俺には誰からも向けられないんだろう。
どうして、この二人は『
とか。
なんてことはない。ふと思ったことがきっかけだった。
だからすぐさま弟を引き剥がして姉を連れ去った。
抵抗する姉と、業火の中置き去りになった弟を狂ったように追い求める姉に酷く興奮した。
でもそれじゃあ足りない。
その狂いは弟に向けられるものじゃない。俺に向けられるものだ。
そう思った俺は、彼女を眠らせた。
記憶を弄った。
そして、彼女を、売った。
彼女にとって、俺との出会いは奴隷市場であったと仕向け、俺は出来レースな競売場で彼女を購入した。
彼女はとてもいい値がついた。
なんせぼろ雑巾のような服装を着させられていても、その身から溢れる気品さと美しさ、そして裕福な家庭から転落して自身の破滅に耐えられずに記憶を封じ込めたと思わせる儚さをかもし出す彼女は、世の男の誰もが欲しいと思わざるを得なかったから。
彼女を競り落としたときの周りの羨望の目は気持ちがよかった。
傍目は彼女をただ購入した偽善ぶった男として。
優しく接してやった。
裏世界の殺し屋組織に潜入していた俺の身の世話をする奴隷として。
記憶をなくした彼女に寄り添うように接してやった。
裏世界で<許可証協会>と<殺し屋組合>の両方に所属して互いの情報を売っては翻弄して、まさに裏世界の情報を操り君臨する大組織の長となった俺の凄さを見せ付けては喜ばせる。
時々違和感を感じては俺に弄られ疑いを消され。愛し愛される彼女を微笑ましく浅ましく思いながら。
異性に対する愛、個人に対する愛がどういうものかを理解しながら、教えてもらいながら、彼女をただただ優しく愛した。
俺の中の想いが偽りは本当へと変わる。
だからこそ。
それが壊れた時に。
彼女がどうなっていくのか。
彼女がどんな目を俺に向けるのか。
そう考えた時に、ぞくぞくした。
彼女の本当が、偽りへと変わったとき。彼女はどうなるのか。
彼女を壊したい。
彼女を愛したい。
彼女の全てを見たい。
彼女を、殺したい。
殺すなんて、そんなことは無粋だ。
それは最後の最後の話であって、今は彼女を楽しむことだけを考えた。
彼女が俺の傍にいることにも慣れて俺を愛するようになったと確信したときに、俺の我慢は限界に達した。
「――え……?」
記憶を戻してみないか。
そう甘く囁いて、俺を信用しきった彼女が俺に不安そうに頷き、身を任せて抱かれている間に、彼女の記憶を解放した。
全ての記憶を元に戻されたときに。
思い出させられた時に。
「あ、あ……あなたが……私の家族を――うそ……っ! ぅ……うそだよね……うそだ……だって私は……っ!……ぁぁ……ああぁぁぁー……っ」
今まで見ていた全てが反転したような。
信じられないような。
恨むべき相手を愛してしまった自分への怒りのような。
物理的に今も繋がる彼女が抜け出そうともがくが、抱き寄せれば彼女の力で逃げられるわけもないのだからそれを特等席で見ながら笑う。
彼女が貫かれて欲を貪りながらも、憎悪と慈しみの感情に
そんな彼女の中での葛藤が。
それを手に取るように理解できるほど彼女を愛してしまった俺が。
目の前で驚愕の表情を浮かべて狂ったように首を左右に振って嘘だと信じるように、自分を言いくるめようと必死になる彼女が。
とても。
――愛おしい。
そこからは。
彼女を監禁して薬漬けにして愛でる日々。
彼女が壊れていく様。
壊れた様を見るのは、とても心地良かった。
壊れながら、何も考えられなくなった彼女がよがる様を見ては、
だから、大好きなんだ。
だから、俺のものにしたいんだ。
だから、その愛を俺だけに向けて欲しいんだ。
だから、俺を見て欲しいんだ。
だから。
壊したいんだ。
壊して、欲しいんだ。
そう、想いが、強くなる。
愛するべき愛し方を一通り彼女に行った後は。
その彼女の中に渦巻く復讐心を解放してやった。
彼女を、外へと。
俺へと復讐させるために。
わざと。
裏世界を何も分かっていない彼女を、裏世界の荒くれどもの中へと。
放り出してやった。
より彼女の俺への復讐心が芽生えていくのが目に見えて分かる。
気持ちがいい。
嬉しい。
彼女が俺だけを見てくれる。
そして彼女は。
俺を追いかけるために、俺に追いつくために、俺に会う為に、俺を殺すために。
殺人許可証所持者となった。
やはり彼女は俺を愛している。
そう思った。
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