第217話:世界樹の裏側

 ――世界樹の裏側。



 そこは、枢機卿が松、雫と共に冬と進んだ世界樹の中へと入るもう一つの入口だ。


 枢機卿は冬と共に世界樹へと進み、そこで二人の仲間――立花松と桐花雫と別れている。雫の因縁の敵であろう『ラード』がそこに現れたから足止めを兼ねて二人は残ったと聞いている。


 B級殺人許可証所持者『ラード』。

 俺の知る未来の中では、裏世界で殺し屋組合にも属し、『縛の主』の配下としてこの世界を、俺達『世界樹の尖兵』とともに混沌の渦へと落とし込む一人。

 

 殺し屋組織『音無サイレント』の組織の一部といわれる大規模な殺し屋組織、その幹部。――いや、幹部というよりすでに組織の支配者といっても過言ではないのだろう。

 『騒華ソウカ』と呼ばれる組織と下部組織『華月カゲツ』を持つ総勢何千もの殺し屋達を従える殺人許可証所持者。


 元々は殺人許可証所持者として正体を隠して、殺し屋組合に送り込まれた二重スパイのようなものだったと、どこかのやり直しの時に聞いたことがあった。

 殺し屋組合で自分が動きやすいように殺し屋組織を作り、内部からコントロールして抑制することを目的としていた様子だが、ある日を境にどうでもよくなったらしい。


 なぜ自由なはずの裏世界なのに、抑制が必要なのか。

 自分ももっと楽しみたいという気持ちが膨れ上がったのも確かだったと言う。


 自由というものが人を狂わすのかと思うと、この裏世界と言うものは、すでに狂っているのだろうと思った。



 女狐達が戦った殺し屋達も、ラードの組織の人員だ。

 まだまだ敵は多く、『苗床』から短時間で生み出される『世界樹の尖兵』もまた、世界を支配するために無尽蔵に溢れてくる。そんな中、俺は冬を救出し、冬と枢機卿、そしてここにいる全員の許可証を持って次のやり直しへと至らなければならない。


 だから、少しでも戦力が欲しい。

 だから、俺が知る未来においてはまだ生存しているはずの二人と合流したい。


 あの二人は巨大な力を持つ二人だから。

 親が、『焔の主』刃渡焔はわたり ほむらと『流の主』久遠静流くおん しずるだから。

 冬や俺達もかなりの雑種ハイブリットではあるのだが、あの二人ほどネームバリューを持つ存在はいないだろう。

 なんせ、両親とも、裏世界最高機密組織『高天原』の四院――『縛の主』と同等の存在だからだ。


 一人は世界最強。

 一人は許可証協会を運営管理する存在。科学組織『天照』の管理者でもある。


 ……片方は特に因縁が強いが、やり直しを繰り返して安定してチヨを護れるようになったやり直しの中では、余裕もできて、心の師匠なんではないかと思うほどだ。

 チヨを襲おうとした時点で、認める気はさらさらないし、あいつは俺にとっての最強の障害ではあるのだが、な。


 そう言えば……。

 『流の主』とはどの繰り返しの中ででも出会ったことがない。

 彼女がどの程度の存在なのかは、噂くらいでしか知らないが、一人でも『主』と呼ばれる存在が許可証協会を纏め上げていれば、もう少し戦いようもあったのではないかとも、『世界樹の尖兵』や『縛の主』とも戦えたのではないかとも思う。


 話を聞く限りでは、数年前の『縛の主』の高天原からの脱退と裏世界を二分するほどの騒乱において、『流の主』は許可証協会の許可証所持者と一部の殺し屋組織のトップに立ち、表世界のとある富豪をパトロンとして資金提供と後方支援を受けて徹底抗戦し、『縛の主』を世界樹へと追いやったと言う。

 危うく表世界へと侵攻されかけたことから、裏世界内では語ってはならない禁忌として伝えられているものでもあるのだが、彼女が表立って出ていればこの状況も打開できていたようにも思える。


 なぜこの場にいないのか。

 なぜ出てこないのか。


 『焔の主』はすでに瑠璃によって倒された。

 ならばもしかしたらすでに『流の主』も誰かに倒されてしまっているのだろうか。

 それこそ、許可証協会が今このような状況なのだから、いない人として考えるべきなのかもしれない。


 次のやり直しの時にはその辺りも探ってみる必要があるのかもしれない。

 もしかしたら、この少しずつ変わるやり直しに光明が見えてくるのかもしれない。

 いや、むしろ。

 まだまだ次があると思って行動してはならないのだ。

 この次で終わりとするために俺は動いているのだから。

 ここで準備を終わらせて、次で全てにカタをつける。



 だから。

 ……『模倣と創生フェイク』。

 ちゃんという事、聞いてくれよ。頼むから……。



 チヨのコスプレ衣装を作り出す能力を捨ててでも。

 ……捨てて、でも!


 このやり直しは絶対に成功しなければならないのだから。



 そんなことを思いながら、俺は残る仲間の二人の元へと向かう。







 ……戻ったら、またコスプレ衣装、作れるようになれるのだろうか……






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「……これは、凄いな……」

 



 遥か遠くからでも異変が分かるほどに、そこは爆撃地の様相を呈していた。

 辺りの景色は一変し。

 そこにあるのは、木々に囲まれた何もない切り拓かれた草原地帯と、草原地帯を守るかのように円形の形に広がる大木郡。


 辺りには燻製を作るときに使うスモークチップが焼けたような香ばしい匂いと、風に乗って焦げ臭さが交互に訪れるような異臭も混じっていた。

 それは辺りを、焼き尽くしたかのようにぶすぶすと燻る大木郡と、燃えて塵と化す人の形をした燃えカスが起こした臭いであるのだろう。


 そして、その中心点に。


「……何があったのですか。『戦乙女ヴァルキリー』」


 自身の恋人である松を膝枕して、ゆっくりと慈しむように頭を撫でる戦乙女――雫がそこで、無表情に同じ動作を壊れた人形のように行い続ける姿があった。

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