第216話:不穏

 後は進むだけ。

 女狐の理解を得られて、心強い味方を手に入れた俺は、更に仲間となり得る二人に合流するために全員で移動を開始した。


 仲間となり得る人物。冬と共に進んで、途中で敵と遭遇して別れたらしい、立花松と桐花雫の二人だ。



『私はまだ納得していませんからね』



 俺の背後をぴったりと恨めしく睨みつける枢機卿の視線が痛くて仕方ない。


『未来に起こりえることを知っているから、貴方は私達を騙して、助けられたはずの冬を危険に晒した。それは許せることではありません』

「……いや、そうしなかったら冬は死んでいたんだが……」

『話を聞く限り、今も死んでいる可能性があるわけですよね』

「知らないことも起きるから調整難しいんだぞ……」


 もうちょっと、信じて欲しいのだが……。


 枢機卿には必ず協力してもらう必要がある。恨まれてでも共に行動してもらわなければならないと思いながらも、その視線に必死に耐える。


『それに、この状況も、未来で起こり得ていた一つ、なのでしょう?』

「……いや――」


 ――俺にだって、知らないことはあるし、既にいくつかのそれらも、すでに過ぎ去っている。

 今は、急がなくてはならない。

 先ほど話していた場から移動する直前、またもや俺の知らない何かが起きている気がした。

 懸念で終わればいいが、それがもし俺の知らない何かが進行していたとしたら、この今の状況を崩しかねない可能性があった。



 それは――





□■□■□■□■□■□■□■□■□■□■







『……おかしいですね』


 疑われることには慣れているのだが、それでも俺が考えうる最善で最も重要な存在となっている冬の枢機卿は、女狐が渋々納得した今もいまだ何かに引っかかっているようだった。


「どうかしましたか枢機卿。この男が言っていることを理解しようとするとしたら時間を要します。それこそ、私の御主人様に教えを乞う等の世界の成り立ちから理解を深めないとこの男の言っていることは理解できないと思いますよ。もっとも、御主人様の深遠を知るのはこの愛人である私以外認めませんが」

『いえ。貴方のロリコン御主人様の話は興味がないので別にしても。本当半分、嘘半分で聞いて少しは理解できているのでそこまで考えているわけではありません』


 嘘半分といわれるのは少しきつい。

 俺がこれまでやってきたことは俺が実際に経験してきたことであり、その経験の結果を否定されているようにも思えて辛い。

 これでも何度も繰り返し続けて嫌な思いもしてきたのだから。


 それに。

 先程女狐から聞いたことは意外とショックが強い。


 水原凪。

 まさか、彼が以前聞いたことのある、人類の上位種『刻族』だったとは。


 時間さえも支配する一族。


 そんな奴からしてみたら、俺が繰り返していたことなんて幾らでも体験していそうだし、突破口さえ知っていたのかもしれない。


 ロリコンかつシスコン。マザコンでファザコン。BLなメイド好きでハーレム野郎。


 言われてみればしっくり来る。

 周りにいたのも、美形揃いのメイドや執事。女狐に至っては愛人らしい。


 道理で、貴族みたいな優雅な生活をしていたわけだ。


 今回彼とは初コンタクトだったのだが、正体を聞いて彼の陣営を確認する限りは、誰もが知らない有益な情報を知っていそうだと感じた。俺が行っていることが無意味とも思えることもあったもしれないと思うと、色々聞いておけばよかったと後悔が募る。


 ……あの御主人様なフレーズの例えを聞いたら、変態くらいしか思わないじゃないか……



『本体と、通信が取れないのです』


 がくりと項垂れていた俺の耳に枢機卿の声が聞こえた。


 ピュアのように簡易枢機卿をもっているわけでもないので俺達は枢機卿本体から情報を得ることはできないのだが、冬の枢機卿は別だ。

 独立起動して常に情報を最新化する高性能な機械なのだから。


「切羽詰まった状況と言うことはありませんか?」

『いえ。本体が先程情報を提供してくれた際にはまだ余裕もありそうでした。それに、ビジー状態になることはないと思います』


 枢機卿が本体へとコンタクトを取ろうとした時に、なぜか接続ができないという状況が発生しているようだった。


 枢機卿は全世界の情報を獲得・提供するため、休みなく動き続けている。膨大な情報量を保管するマルチタスクな人工知能搭載のシステムだ。その末端と言える冬の枢機卿が接続が出来ないという所に違和感を覚える。

 通信が傍受されているとかそういうこともありえないだろう。



 そうなると、許可証協会で枢機卿本体に何かがあったと考えるのが妥当だ。



「紅蓮。なにか知っているか?」

「いや、なにも。いくら満身創痍とはいえ、あの二人がいたら何も起きないと思うけど。直近で何か起きた、と考えるべきかな」


 ピュアと春が許可証協会にいたはずで。それは紅蓮の情報からも確かである。

 さらには、枢機卿本体に何かしらの不都合があったとしても、その場には春がいる。

 春は枢機卿の生みの親だ。例え枢機卿本体に問題が発生していたとしてもすぐに復旧させることは可能であろう。


 一時的に停止しているだけであると思いたいのだが、どうにも嫌な予感がする。


 くそ。情報が足りない。

 今この段階まで進んだのだから、引き返せないし、またやり直して同じことができるかなんて自信もない。


 俺のやり直しの中で、枢機卿が壊れるといったことはなかった。

 『縛の主』が世界を支配した時も、そこに枢機卿はあり続けたからだ。


 情報というのはいくらでも武器になる。

 それこそ『縛の主』は、枢機卿に一人一人の行動や情報を制御させるために全員に許可証のようなものを持たせてそれを毎日更新処理を枢機卿に行わせていた。


 全人類の管理。

 おかしな動きをしても枢機卿が感知できるのだ。

 

 人の一生を小さなカードに埋め込むのだから命が軽く見え、裏世界の命の軽さが表世界にも行き渡ったように思えて、とても生きにくく窮屈に思えたのは間違ってはいないのではないかとも思う。


 そんな、枢機卿に全人類を監視させるという最悪な使い方を実行していたのだから、『縛の主』率いる世界樹勢が枢機卿本体に何かするとは思えず、同じく、殺し屋組合がもしピュアや春を倒して枢機卿本体を手に入れたとしても、手をかけたりはしないだろう。

 重要な機関であると万人が理解している。


「……まさか、な」


 枢機卿本体を壊すという馬鹿なことをしたやつがいないことを祈りながら、俺達は先に進む。













 この時すでに。

 枢機卿本体が、壊されていたことは樹や姫達が知る手段はなく。また、それは冬の家族である永遠名雪、常立春が死亡していることを知ることはなく。

 それは彼――樹が知らない話であり、知らない未来でもあった。


 少しずつ、樹が知らない未来が押し寄せてきていることを樹は知らない。

 その未来を起こす元凶が彼等に襲い掛かるのが先か。それとも、樹がその未来より先にやり直しの繰り返しへと旅立つのが先か。


 時間が迫る中。

 間もなく、運命の時は訪れる。







-------

お詫び


第210話において、すでに枢機卿以外が春と雪が死亡していることを知っているような話をして枢機卿が怒っている場面を削除しました。

正しくは、冬の死を知って怒っている枢機卿であり、春と雪は許可証協会でダウンしているため戦いに参加できないので永遠名家は全滅と鎖姫が言った、という流れです。


ただ、どこかしらで死ぬってことは樹は知っていて、それを樹は春と雪、後、弓にも事前に話しているので、皆死ぬって言う話を匂わせていると思ってください。


この時点で、誰も春と雪が死亡し、枢機卿本体が破壊されて許可証協会が爆発していることは誰も知りません。

物凄い勢いで世界樹へと辿り着いてますが、本当は結構、許可証協会から世界樹までは遠い設定ですから。


いやぁ、正直、やり直しのパラドックスみたいなもの、難しいですね^^;

刻旅行で結構やったと思ったんだけどなぁ……。まだまだですね。

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