第206話:繰り返す先へ 23


 『焔の主』の撤退。撃退。

 初めての経験とありえない程の出来事に、俺はしばらく震え続けた。

 あのままであれば、間違いなく俺はこの戦いに負けていた。

 だが、俺の力に。俺の力を、『焔の主』が認め、去ったのだ。



「は……ははっ」


 未来が見えた。

 この先の未来が。

 俺はこれからも何度もやり直すことはあるのだろう。


 でも、このように、『焔の主』を撃退できることもわかった。

 これが初の撃退であり、『焔の主』の力には届かなかったが、認めさせることだけはできた。

 これからもやり直すことであの力に。もしかしたら、届くかもしれない。



「……何を、考えているんだ、俺は……」



 やり直さない。

 やり直すわけがない。


 次にまた『焔の主』と戦い撃退することができるという保証があるわけでもない。

 撃退できなければまたチヨが犠牲になる。


 だけど。

 撃退ができた。チヨを守ることができた。


 保証はない。やり直すことも考えて次の戦いを考えて更に強くなればいい。

 強くなって、また挑むことがあったときに、また挑めばいい。


 あの強さに、敵対することができる。


「……ははっ。そういうことか……」


 俺は、気づいた。



 チヨを奪われたくないのも本当だ。

 でも、負けたくないというのも心の中にあった。


 なぜか。

 そう。

 俺は、あの強さに、惚れてしまっていたんだ。

 あの圧倒的なまでの力に、俺は虜になっていたんだ。


「次は……」


 やり直しができるからこその誓い。

 同じ場面を繰り返し、自分がどれだけアレに近づけるのか。

 アレにたどり着けるのか。


 やり直しの型式に感謝する。


 俺はもっと。

 もっと強くなれる。


 あの圧倒的な強さに。

 憧れのあの強さに。



 強さの指標。

 俺は、チヨを護るとともに、強くなる目標を見つけた。




 そして。

 俺は先へと、進む。






□■□■□■□■□■□■□■□■□■□■






 俺は何度も何度も見てきた。

 そう。それこそ、何度も繰り返し。


 一度なんとかなってしまえば、次からは負けられない戦い。

 『焔の主』へと何度も挑み、その度に自分が少しずつ強くなったと、自信へと繋がっていく。




「いっ……いっくん!? ま、ま、まったぁぁあ!」



 最近はもっぱら巫女装束を着ているチヨも毎日元気だ。そんなチヨを見ていると色んな意味で自信に繋がっていく。





 いや……違う。




 元気なのは。







          俺だ。

 






 あの日から先に進めるようになってから、俺は精力的に活動を開始した。別の意味でもな。


 『縛の主』が何をしたいのかを知るために、同じように進んで理解しようと努力した。よりチヨに何が似合うのか考えた。


 なぜ。

 なぜ『縛の主』は、世界征服なんてしようと思ったのか。

 なぜ。

 なぜチヨは体操服を着てくれなくなったのか。



 いや、体操服はただ単にマニアックだったかららしいからいいんだ。



 肝心なところが分からないままに終わる。

 何度も何度も。自問する。

 それは、俺が『縛の主』に恨みを持ち続けているから。

 持ち続けなければいけないから。


 やり直しの型式が、必要だから。

 



 助けることさえできたそれらも、あえて見逃し見過ごし、そして行き着く、分かりきった未来。


 少しだけの変化はあり得ども、その最終的な結果は、変わらずに。

 いつも全てを失うのだから、自分は何をやっているのだろうかと思う。

 自ら望みそうしてきたのだから、それこそ質が悪い。


 全てを失ってから続く未来を進んでいけば、きっと輝かしい未来が開けているのだと思ったこともあったが、そんなわけがない。

 なぜなら、俺が見てきた世界は、全てが終わった世界だからだ。




 それは、冬達を含んだ一部の許可証所持者達が俺と敵対し、俺が率いる素体の物量に負け、命を落とし、そして、『縛の主』の名の元に統一される世界。

 それがこの世界の結末だ。


 『縛の主』が支配する世界。

 その世界で暮らしているのは、人と言えるのだろうか。


 すべて『鈴』という素体から作り出された同一素体であり兵士。『縛の主』の意のままに動き続ける意志のない人形だ。


 表世界に生きていた人類は全て家畜。

 裏世界に生きていた人類も全て奴隷。


 そうなった世界で、何をしたいのだろうか。

 何を求めているのだろうか。

 

 その答えを、何度も見続けようとして、何度も繰り返し、繰り返し。

 でも、その繰り返しは必ずどこかで消えてしまう。


 なぜなら、俺もまた。


 どこかで、『縛の主』と敵対するから。


 敵対する。つまりは。


 あいつと会って、面と向かって相対し。

 そして、やり直しの型式が発動するからだ。 







 目的――いや、このまま進んだ結果が世界の崩壊とも言える『縛の主』の世界征服が起きるということは分かった。

 次はこれをどう止めるか。どうしたら止められるのか。


 俺が『焔の主』を撃退した時期から、『世界樹の尖兵』が裏世界・表世界を支配するために急速に動き出す。大きく変わるのは、俺の同期である永遠名冬が世界樹側の工作によって殺人許可証を剥奪される辺りからだ。

 世界樹の尖兵が裏世界をじわじわと支配していくと共に、冬の無実を知る仲間達が冬を助けるために集まり、やがてそれはS級殺人許可証所持者『ピュア』を旗頭とした抵抗勢力レジスタンスへと変わっていく。


 だが、この抵抗勢力と、世界樹の戦力差は、世界樹が9、抵抗勢力が1だ。

 世界樹はすでに利害の一致する<殺し屋組合>と結託して戦力を拡大してから事を起こしているのだから、抵抗勢力が戦力拡大できないのだ。


 殺人許可証所持者を有する許可証協会と、敵対する<殺し屋組合>の割合とまったく一緒なことが笑えてくる。


 だってそうだろう?

 <殺し屋組合>は裏世界そのものとも言える。


 自由であればなんでもいい。

 楽しければなんでもいい。


 裏世界というものはそういうものだ。

 自由で無秩序な世界なのだから。だからこそ表世界で悪さをしようとする<殺し屋組合>なんてものが出来上がる。


 そしてそんな世界で、<殺し屋組合>を、ただ、世界の規律を乱す、法を無視するとして、無秩序をよしとしない勢力が現れ徒党を組んだのが許可証協会。

 自由な殺し屋達を減らすために、人殺しをしても咎められないようにしたものが殺人許可証。


 そして、許可証所持者をバックアップするために、殺し屋組合を壊滅させられないために、裏世界を存続させるために<情報組合>ができて。さらには、死の商人であった者たちを束ねて組織化した<鍛冶屋組合>が現れていく。


 そんな、表世界を裏世界の一部が護り、それらの均衡を保つための仕組みという歴史も、ここで終わる。


 そんな世界の構図なんていうより、縮小して俺だけの話をしてみると。

 俺以外の同期、遥瑠璃と立花松、永遠名冬といった期待のルーキーが抵抗勢力に全員参加していて、俺は世界樹側に与して彼等と敵対するという構図だ。


 特に、この抵抗勢力が急速に力を失っていくのは冬が死亡してからになるのだが、この冬をいかに長く生かすかによってもまた話が変わってくる。


 そんな三人。特に冬に関わるとこの後の動きが変わってくるのがまた面白い。


 何度も繰り返し違うことをしてきたから今に至ってはいるのだが、どうやら俺が絡まなくても話が変わっていくこの状況は偶然なのか、それとも、彼に何かあるのか。






「お前は……何者だ……?」


 それは、更に。

 圧倒的な武を持つ女性によって、より疑問を形作っていく。



 ある日。

 やり直しているときに。

 『縛の主』絡み以外でやり直しを余儀なくされる場面があった。


「この技は『氷の世界ジュデッカ』ですね。なぜ貴方がピュアと同じ型式を使えるのか、気になるところですが」


 『縛の主』の世界征服を止めるために何度か同じことを繰り返し、『焔の主』との戦いにおいても習熟度を高めていき、少しはダメージを与えることができるようになった俺の『氷の世界』を、より高次元の能力で打ち消す女性。


 どうやって打ち消したかって?

 「冷たいですね」なんて言いながら、ただ、腕を振るっただけだ。


「……なぜ、この技を知っている」

「私もこの技を受けたことがありますから、という答えでよろしいですか」


 ピュアと戦って生き残っているとあっさりと告白する女性に、勝てるビジョンが浮かばない。


「もう一度、聞く。お前は、何者だ」



 ――俺の疑問。

 この、やり直す度に話が少しずつずれていく元を作っているのは、

 冬がやり直す度に違う動きをするから変わっていくからなのか――


「はじめまして。といえばいいのでしょうか。私はB級殺人許可証所持者。コードネームは『水原』と申します。以後があれば、お見知りおきを」



 ――『鎖姫』という弐つ名をもつ女性。

 今までのやり直しの中で出会ったことのない、裏世界で暴れまわってパワーバランスを崩しては『ピュア』に懐柔されて抵抗勢力に参加し、世界樹の尖兵に大打撃を与えるこのメイドが、俺を苦しませる。



 突如、俺のやり直しの世界に現れたこのメイドは。

 これ以降突如俺の前へ現れては、冬やピュアを助けて去っていくのだが……



    『御主人様のためならえんやこら』



 エプロンにそんな文字を浮かべるこのメイドの御主人様って何者なのかと。


 この女狐以上に御主人様に興味をもってしまうのは内緒だ。

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