第205話:繰り返す先へ 22
『
それはにっくき『縛の主』の専売特許ともいえる型式だ。
右手はすべてを噛み切り捻じ切り消し去る。
左手はすべてを食して取り込む。
右手も左手のどちらも、過去に俺自身が受けた型式であり、『
俺が『
俺が一度でも自分の身に受けること。
俺がその能力を解析すること。
この二つが最低条件だ。
どちらも、とにかく難しい条件であるからこそ、型式使いの力を自らの力とすることが出来るのだろう。
今にして思うと、この『
型式は型式使いにとって、一撃必殺ともいえる塊だ。
その塊は、自身の型式を昇華し辿り着いたその人のすべてが詰まった力だ。
そんなのを受けて生きていられるというのもまたおかしい話であって、特に俺が今使った『
あれらは相手を倒す為の力の式だと受けてみてよくわかり、受けて生きていられるという状況があるのであればこの型式も活用される。
なるほど。だから俺のこの型式は、やり直しの型式が発動する前まではそこまで有益な型式ではなかったのかと、今の状況では似つかわしくない場違いな納得をしてしまう。
左手の原理だけはどうしても理解できなかった。
そもそも俺にはカニバリズムが理解できないし、これからも理解しようとも思えないからこれは一生理解ができないだろう。
推測するだけであれば可能だ。
あの能力は人を食すということと、無尽蔵に取り込む掌の先の穴――恐らくは異次元な穴であることから、その次元についての解釈も必要になってくるのだろう。
流石に俺は『縛の主』のように科学者でも研究者でもないので詳細の理解は難しい。
そう言った原理を型式の中に取り込み使うことも、その人の力の昇華に当たるのだと思えば、また奥が深いものでもあると思える。
が、右手については理解ができた。
右手の『
すべてを噛み切り捻じ切り消し去る能力。
こちらは左手とは違って、力任せの能力であるともいえる。
左手の簡略版と言えばいいのだろうか。
おそらくは、これが左手の原型だろう。
『縛』の型による身体強化は、大地の力を間借りし、頑強な身体による攻撃を可能とする力の型である。
『縛』の型は他の型と違い、大地の気を取り込むことで発動する。『気』や『地脈』を扱い外部の力に他の型より強さが左右される型式だ。
その力は、取り込むことや、吸着、接着がメインである。
特に取り込むことに主体を置くと、外部からの力の取り込みを行う事を極めれば型式でさえも無尽蔵に使い続けることができるとまで言われている。
『縛の主』の名はそれ等を極めた証だ。
仙人。
以前、『縛』の型を極めたものは、そう呼ばれると聞いたことがあるが、まさに、そうであるのだろう。
そしてこの右手の『人喰い』は、吸着、接着を扱う技だ。右手一点に凝縮し触れたものと一体化させることでそのまま自身の一部として削り取る能力だ。
ただし、その、『削り取る』には、振るいながらインパクトの瞬間に一体化させると言う高難易度のテクニックが必要で、当たり前のように使いこなせるようになっても難しい。
それを難なくこなせることが『縛』を極めた称号『縛の主』であるのだろうとも思う。
「……て、めぇ……っ!?」
成功したと感じたときには、相手からすれば嚙み切られた、消し去られた、捻じ切られたと感じる程に一瞬。
動いていないものであれば、接触済みであれば。
そこにそれを発動させることなんて、相手が俺の頭を握り潰すより先に行える。
掴んでいた『焔の主』の手首の感触が、その言葉を発したと共に掴んでいた俺の手のひらから唐突に消えた。
いきなり消えた支えに、這いつくばるような姿勢で地面に手をつけてしまう。
「――まだだっ!」
『焔の主』も、いきなり消失した右手首から先に、動きが止まっている。
ここで致命傷を与えればと、俺は更に追撃する。
接触していれば簡単。
そう。簡単だ。
接触する瞬間に、ではない。
常に、接着し一体化するようにしていればいいだけだ。
『焔の主』の左腕に向かって、下から上へ。跳ね上がるようにして振り上げた。
一瞬の接触があった。削り取られるようにして腕が消えると、
「ふざっ――けんなぁ!」
「ぐ、ふっ……」
片手と片腕を消されて思考が起動した『焔の主』が、無防備の俺の腹部を蹴りつけた。
突然の衝撃によろめきながら一歩後退。
その間に、『焔の主』は俺の射程圏外まで離れていた。
「やってくれたなぁ……てめぇ」
右は手首から。
左は二の腕から。
まったく痛くないのか、にやりと不敵な笑みを浮かべる『焔の主』に違和感を覚える。
確実に致命傷だ。
今にも倒れてしまいそうなほどな激痛に襲われているはずだ。
多量の出血に、止血しなければ今にも気絶するはずだ、死に至るはずだ。
「はっ」
ぞくりと。
『焔の主』の不敵な笑みが更に深みを帯びた所で、その違和感に気づいた。
「なぜ……」
「あぁん?」
「腕が、手が――」
――今もそこに。
削り取ったはずのそれらが、『焔の主』のそこにあるのか。
「はっ。俺には意味ねぇよ。だけどな、主を相手に傷を負わせたのはようやったもんだわ」
『焔の主』はいまだ健在な両手をひらひらと揺らしながら俺を褒める。
これほどまでに褒められた気がまったくしないのは、初めての経験だった。
「なに、が……?」
傷? 傷がどこにある。俺が与えたそれは、今はもうどこにもないではないか。
意味が、ない?
では、俺が削って消し去ったあれは、一体なんだったのか。
「あー……まあ、そりゃそうか。知るわけねぇかぁ。知ってたら俺と初対面なわけねぇし、見たやつは大抵死んでるから知ってるやつもそんないねぇか」
笑いながらそう言うと、『焔の主』が、
「俺が何で『焔の主』かって話なんだがなぁ」
足元から真っ赤な焔を噴き出し、包まれていく。
「俺さぁ――」
炎の奔流が治まったそこに立っていたのは――
「――炎の塊なんだわ」
『
炎が人の形を象り、そこにいた。
ゆらゆらと揺れる炎が、燕尾服さえも形作る、常時発動型の型式。
自身を『焔』そのものとした型式。
炎だから、形がない。
形がないから、腕がなくなってもまた作り出せる。
「まぁ、なんだぁ? 『縛』の旦那から、おめぇは殺すなって言われたから、殺す気もないんだが。まー、まさかてめぇみたいなひよっこちゃんが俺のこの姿を出させるとは思いもしなかったわ」
ぱちぱちと。
圧倒的な力の権化から発せられる威圧と暴力的なまでの殺意に、体は負けを認めて動きを止める。
これが、世界最強の本当の姿。
俺がやり直してきた今までで、一度も見たことのない姿。
手加減。遊ばれていたのだと体は理解する。
すでに手札は切った。
切った上で、辿り着けない領域。
その領域を、垣間見る。
「てめぇは強い。『縛』の旦那が興味を持ち続けるだけはある。時間をかければ俺達にも到達できるかもな」
ぴくりと。
その『焔の主』の、言葉に、心が揺れ動く。
「久しぶりに驚かせられたわ。……褒美に、この姿の俺を知ることを許してやる。生かしておいてやるってことだ」
『
その視線の先は、俺の家――眠るチヨに向けられている。
「チヨちゃんはまた今度にしてやるよ。貸しだ。チヨちゃんポイントだ。貯まったら、景品として貰っていくぜ」
耳元で囁くその言葉が途切れたと思うと、かりっと耳を軽く噛じられた。
「そんときにゃあ、とっととチヨちゃんから離れておけや。てめぇみたいなの相手にしてからチヨちゃん相手になんて、萌え上がって殺しちまいそうだわ」
不意な痛みに表情を歪ませている間に、『焔の主』は数十歩先で背中を向けていた。そのままひらひらと腕を振るって歩いていく。
「……え……」
なぜ彼が離れていくのか、理解が追いつかないままに立ち尽くす。
『焔の主』が去り、俺一人が取り残される。
「追い払えた……の、か……?」
がくっと。一気に力が抜けた。
「今日この日に……『焔の主』が、去った……?」
『焔の主』が俺の後ろではなく、前から去った。
俺の後ろの先にいる、チヨの前に行かなかった。
そんなの、俺は今まで経験したことがない。
「……これだ」
これだ。
これが、俺が望んでいたことだ。
俺は、この運命の日と言えるこの日に、『焔の主』を退ける事ができたのだと、少しずつ理解していく。
チヨを、護ることが、できたのだ。
「あ……ぁっ――ああぁぁぁっ!」
嬉しさなのか、生きていたことになのか。
なにかが奥底から込み上げてきて。
思わず叫んでしまった。
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