第198話:繰り返す先へ 15



























「……で? あなたはこれからどうするの?」





 ああ。

 客観的に見て酷いことをして酷いことをされたと思われるその俺にかけられた、脳髄に響くような麗しき声で、俺は今自分が置かれた状況が分かった。


 目覚めた時に聞く声が、このような美しい音色のような声なのは悪い気がしない。


 ここは、狐面の巫女装束がいる、白い世界。


 俺はどうやら、やり直しができて、またこの場所へと訪れることが出来たようだ。


 目の前に現れた狐面の巫女装束は、相変わらずの木製の深みと愛嬌のある丸机と椅子に座りながら優雅に読書と洒落込んでいて、見慣れたその姿は、妙に似合うとも思う。


 そう言えば、この女性は一体何者なんだろう。

 彼女は毎回のように本を読んでいるようだが、それはそこまで楽しい書籍なのだろうか。


 自分の大事な人へあんなことをした罪悪感と懺悔の心に苛まれていたはずなのに。あんなにも親類と感じていた相手に怒りと決別を感じていたのに。


 ただ、この場所に至れば心は穏やかに。



「私はね。あの子にあなたがしたことは許されないとは思う」


 あの子――チヨのことか。

 ああ、俺もそう思う。

 だけども、このやり直しができるという状況、そしてチヨも、狐面の巫女装束が同期化をしてくれたおかげで俺と同じくやり直してくれている状況だからこそ、しっかりと謝る事ができる。


 ……彼女の言いたいことはわかる。

 本来であれば、このようにやり直してまた会えることなんてできるはずがないことなんだから。

 それに、やり直せるからという前提で謝ることができると思っている自分もどうかしている。


 本当に、俺は謝ろうという気があるのだろうかとさえ。

 いや、謝って済むわけがない。

 許されなくてもいい。

 謝りたい。謝って、彼女が生き残れる手段を探したい。


 自己満足だ。

 だけども、どうしても、そうしたい。そうしなければいけないんだ。


 自分の想いを再確認すると、目の前の狐面が呆れたように言う。


「でも、あなたが。あの子の為に頑張って、何度も繰り返し続けて必死だったのは見てたから。あの子が許すなら許すで、いいと思うわ」



 狐面は「私は当事者ではないから」と付け加えると、読んでいた本のページをぺらりと捲る。

 その先のページはどうやら、真っ白で。

 でも、その彼女が持つ本の分厚さや装丁からして、まだまだ先のある本のようにも見えた。


「で? 何かを、掴めたのかしらね?」


 ぱたんっと、白いページが出たことでなのか、本を閉じて本から俺に視線を向けた狐面が、問いかける。


 狐面の巫女装束と俺が向かい合ってからどれだけの時間が経ったのだろうか。

 そこまで時間が経っていないようにも思えるが、もしかしたら長い間見詰め合っていたのかもしれない。


 何もかもが白く、そこに色がついた『狐面』と『巫女装束』、そして彼女が座る椅子や丸机、読んでいた本だけが色づきよく映える。


 ただその美しさに、ぼーっと見つめ続けてしまうほどに彼女は美しく、今にも目の前から消えそうな程に、その周りの白に同化されそうな透明感を感じるその姿に、この女性が一体何者なのかとより興味が湧いてしまう。


「やり直す条件でも、理解できた?」


 狐面は見つめ続けられたことにか、俺が何も答えないことなのにか、催促するように質問してきた。

 具体的となった狐面の質問に、俺は答える。



 やり直す条件。

 ああ。それは理解ができた。



 やり直すこの能力。


 これは、俺の『型式』だ。


 『想像』と『創造』の力。それが型式。

 自由に自分の思い通りに扱うことのできる不可思議な力。『型』のない『式』。

 人それぞれにある力であり、発現そのものも容易な力だ。

 型がないからこそ自由に。型がないからこそ自由を愛する裏世界に最も似合う。


 俺が。この力をどうして想像し、時間さえも逆行するというとんでもない創造ができてしまったのかは謎だ。

 だが、シグマのように刻を止めることができる型式もあるのだから、やれないことはないとは思うが、特殊すぎる。

 巷で噂の『ちーと』なるものだと言われても納得してしまう。


 恐らくは。

 俺の原風景とも言える、『縛の主』との邂逅。

 あの時に関係しているのだろう。

 思い出せるわけではないので実際のところどうなのかは不明ではあるのだが。



「へー。じゃあ、これからはいくらでもやり直せるわけね」


 さして興味はなさそうではあったが、「今度は護ってあげなさいよ」と狐面は言葉を付け加えた。


 当たり前だ。

 ただ。護ってあげる、ではない。俺が、護りたいんだ。

 俺が、助けたいんだ。



 ――だけど。もしかしたら。

 それが叶わないのではないかとも、うっすらと思う自分もいて。

 

 それは、このやり直しの能力。

 この能力の発動条件に関して、厄介なことにも気づいたからだ。



 俺のこの、やり直しの発動条件は、




 『縛の主』夢筒縛へ、俺が怒りを感じて怒りをぶつけること。





 それが、発動条件。


 その発動条件が分かった瞬間、俺は、先に思ったと言う部分を、どうすべきなのかと苦悩することになる。




 ……まいったな。



 一つは。

 俺だと、夢筒縛を、止めることが、出来ない、ということ。


 もう一つは、次のやり直しから、俺は夢筒縛に怒りを抑えられないということ。

 だから、やり直しのスタートの時点で、目の前にいるその対象がいる状況を理解している俺は――



 ――これから、やり直しが始まるたびに、やり直ししてしまうと言う、無限ループに、陥ってしまうということだ。



「ああー。確かにそうね」


 狐面もそこに気づいたのか、相槌を打ってきた。


 俺がそう意識しなければいい。

 『縛の主』とはそうなってしまうことは避けられないのかもしれない。

 いや、避けられる、避けられない、ではない。

 今更また俺は何を言っているのかと。


 俺は、あの男を許すことはできない。

 自分の為に、自分の欲の為に。自分の興味の為に。

 人を作り出しては捨ててを繰り返し、不幸を広げては、その力を私欲の為に取り込み、力を得て世界を支配する。

 今までの俺への接触も、ただの研究のためであり成果の確認のためであり、自分が取り込むまでの戯れ。

 



 はっ。何が俺のことを想ってか。




 まるで親のように接してこなければ。すぐにでも食い散らかしてくれれば。

 こんなことなんて、起きなかっただろうに――

















「――奴隷を、やろう」


 牛乳瓶の眼鏡が怪しく光る、夢筒縛。

 逃れることのできない無限ループの始まりを告げるその言葉を聞いた時。



 駄目だ。と。

 その声に怒りを覚えてしまっている自分を、すぐに理解できてしまった。



 怒りを捨てる時間さえも与えられない、間髪入れずのその言葉。

 始まるループの声。

 続けば続くほど、より抜け出せないことへの怒りが湧き上がっては、泥沼のように俺を捉えて離さなくなるのだろうと、容易に理解できてしまう。


 怒りに任せて暴れてしまえばいいか?

 そんなことをしたところで、俺が『縛の主』に勝てるわけがない。



 自分の弱さにさえ怒りを覚える。

 そもそも、俺がチヨを護れるほどに強ければ、こんなことは起きなかったんだ。


 怒りは型式へ。

 型式は形となり、型を作る。



 やり直しの型を――

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る