第197話:繰り返す先へ 14
掌――『
俺達の力を手に入れて世界を征服する?
いや、俺達ではない。俺は数に入っていない。第一段階――つまりは、『苗床』の力だけで世界を支配することはできるようだ。
であれば、俺を取り込む理由はなんだ。
世界征服なんて、そんな陳腐なものじゃない?
本当は取り込まなくてもどちらでもいい?
なにが目的。なにが理由。
知りたい。
……本当に知りたいのか?
なぜ?
なぜなら、俺が、この男にどう思われているか。
どうして俺を作り出したのか。俺が生まれた理由を知りたいから。
「本当に、それが理由か? そんなの、俺たちの力なんて必要ないだろう」
「そうだな。我もそう思っているわけではない」
俺を抱えたままのチヨから腕を抜く。ぴしゅっと、冷たく感じる血に俺の体が濡れ、本当にチヨを俺が殺してしまったのだと思う。
すでに死んでしまったチヨを今度は俺が抱きしめると、その微笑みを絶やさなくなったチヨの頭を撫でた。
「……チヨ……」
最初はただ連れてこられただけの可哀想な女性だと思っていた。
でも、俺は、彼女に、救われていたんだなと、今こうやって見て、彼女を自ら殺してそう思う。
チヨだって、俺に殺されるために生まれてきたわけじゃない。それこそ、俺と一緒に『焔の主』から逃げ出すために頑張っていたんだから。
だから、こんな終わりを、彼女に迎えさせたくは、ない。
自分を殺した俺に、チヨがまた会いたいと思うことはないだろう。
だけども。それでも。
謝りたい。許してもらいたい。
何をしてでも、また、チヨと、共にいたい。
「……俺を取り込んで、何を、する」
俺は、やり直せる。
やり直して彼女にまた会える。
チヨに会うため。でも、ただでは、やり直さない。
そんなの、本当に、無駄になってしまう。
聞く。
聞いて、知って。その知識を使って、次に活かせばいい。
それが、弱い俺が唯一行えること。
「ふん。取り込む理由は、保険だ。ただ、世界樹の先で、失敗したときの、な」
保険?
世界樹の先?
何かを、隠している?
未開拓地域のことか?
言われている意味は、情報が足りなくて整理ができない。
ゆっくりと迫る夢筒縛の掌は、自分の死を暗示する。
まだ時間の余裕はあるのか。聞けるだけ聞いておきたい。
聞けば先ほどの話も理解できる可能性もある。
「……それは、なにを……」
「これを聞いてどうする。言われても分かるまい。理解できまい。それとも、聞いたらやり直しでもするか? しても理解はできんだろう?」
「どういう――……?」
更に聞き出そうとしたとき、捨て置いてはいけない疑問が脳裏をちらついた。
やり直す……。
……やり直す?
俺は、どうやってやり直しをしているんだ?
狐面が、俺自身がやり直していると言っていた。
では、その条件は?
どうやって?
「……ほぅ? やり直しができるかわからないといったところか」
今も、やり直しの条件が揃っているのか?
やり直しは、出来るのか?
今の俺のアドバンテージは、やり直せること。
やり直せるから、今聞けばいい。知ればいい。
そして、やり直してリセットすればいい。
いや、今は掌を避けるほうが先か?
やり直せる条件、それが分からない。
これを受けて喰らわれて、そして俺はまたやり直せるのだろうか。
ぐるぐると、急にそんなことが不安になった。
確かに保証がない。
なぜ今までそのようなことを思わなかった。
いや、思っている余裕がなかった。なぜならいつだって、俺は死に直面していたからだ。
まるで今のように。
……そう、死ぬ。死にそうであった。
それが条件? 死ぬことが? いや、死ぬことが条件ではない。
死んだと思ったこともあれば、死ぬ直前に眠気が訪れてそのままあの白い世界にいたことのほうが多い。
……眠い? 眠くなる?
ならば、今は眠くない。
眠くなることが条件の一つであれば、俺は今これを受けてやり直せるわけがない。
つまりは、ここで――
「
『縛の主』から紡がれる起動の言葉。
そのキーワードに、掌から音が鳴る。
がりがりと、掌から鳴るはずのない音。
向けられた掌。
そこで俺は、その音を立てる正体を見た。
口だ。
そこには、大きく真横に裂けた口がある。
口の中はまるでミキサーのようにくるくると回り、歯のような鋭利な固形物が残像を残しながら回転に追従する。
その真横に裂けた口は、やがて丸みを帯び、掌に大きな穴を作り出した。
まるで、底のない穴。
掌から腕へと続く穴。
腕の先に本当に穴があるわけではない。恐らくは、亜空間や異空間といった四次元的な空間なのだろう。
触れた箇所を無限に飲み込み喰らう。
見たこともないのに、何にでも喰らいついては、満たされることなく食すその光景が容易に想像できた。
人さえ食す。
『
俺はこれに食べられるのか。
食べられてこのまま死んでしまうのか。
取り込まれて永劫に、『縛の主』の中で生き続けるのか。
恐怖なのか、逃避なのか。
体は自由に動いてくれない。
あれを見てからぴくりとも動かない。
そう言えば。
あれに因われた誰もが、動かずにじっと睨み続けるだけだった。
皆が同じように動けなくて恨むように睨むことしか出来なかったのかもしれない。
ならば、今の俺も同じように。
諦めようと。
その向かい来る絶望に。
何もかもを、諦めようとした。
「……ふざ――ける、な」
なんで俺が喰われなきゃいけない。
なぜ俺がお前に。
取り込まれるためだけに生きて殺されなければならないのかと。
お前がそんなことのために――自分の力として取り込むために作り出した存在が俺やスズだとしても、お前にやすやすと取り込まれるわけにはいかない。
俺達にも感情がある。自分の意志で生きている。
いくら俺を作り出した存在とはいえ、俺の生命を自由にする資格はない。
殺される? 何を馬鹿な。
殺されるくらいなら、殺してやる。
だが、この男は――夢筒縛は、『縛の主』だ。
俺がいまだに勝てない圧倒的な武を誇るにっくき『焔の主』と同列であり、その力も俺から見れば『焔の主』と変わらず圧倒的だ。
今の俺にはこの男には、勝てない。
だが、俺には今ここで喰われて終われない理由がある。
チヨに。
チヨに謝るんだ。
やり直すことができるのであれば、謝ることもできる。
何度だって、チヨに会える。
チヨを助けられる。
助けるために、動く事ができる。
ぐっと。チヨを抱く腕に力が籠もった。
チヨにまた会うために。
お前は――
――邪魔だ。
「ふむ。作られた存在でも。親に対して逆らうこともできれば怒りを向けることできるか。まるで、人だな」
人とも思われていなかったことに、怒りを覚える。
やはりこいつは、俺達のことをなんとも思っていない。
ただの研究結果であり、成果であり、自分の役に立つ道具。
その辺りに置いてある家具と同じように。物と同じように。動く道具だとしか思っていない。
なんでこんな男を、俺は親のようだと感じていたのか。
「……作られようが、なんだろうが、感情はある」
「だろうな。興味深い。だが、所詮は道具だ。駒だ」
なぜ、親しみを、覚えていたのか。
「我の研究の成果。楽しませてもらおう」
『縛の主』の掌が俺の頭頂部に、まるで頭を撫でるように触れた。
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