第199話:繰り返す先へ 16



「――奴隷を、やろう」



 抑えろ。

 この力は俺が作り出した型だ。

 俺が作り出した想像の産物であり創造の元作られた力。




「――奴隷を、やろう」




 作れたのなら抑えてなくすことだってできるはずだ。


 『縛の主』を見るたびに込み上げてくる怒り。

 なんで俺はこんなにも同じことを繰り返すのか。

 なぜこんなことになったのか。



 ……お前が、お前が全ての元凶だ。

 お前が俺を生み出さなければ。

 お前が俺にこんな力を発現させようとさせなければ。

 お前が。

 お前が――

 お前が……



「――奴隷を、やろう」




 だから、俺が今すべきことは――

 お前を憎み。お前を殺すために。

 そうすれば、全てが終わる。

 全てが丸く収まり、苦労することもないんだ。




「――奴隷を、やろう」




 何を。

 誰がそんなものを欲しいと言った。

 お前が俺の情緒のために用意した人形なんぞいらない。

 所詮は壊れて消えるものだ。

 そんなもの、何のために用意したんだ。


 お前がやらなくても、俺にだってかんたんに壊せるのだから、そんなもんを俺によこすとは何がしたいんだ。

 せめてもっと頑丈なものでも用意しろ。



「――奴隷を、やろう」

「いるかっ! 誰がお前の施しを受けるかっ!」



 そう叫んだ瞬間。怒りがはじけ、世界が白くなった。



 ああ、これでまた白い世界へと戻れるのか。

 ほんの少しの安らぎが訪れることを願う。

 あそこで少し落ち着いて、整えてからまた――






「――奴隷を、やろう」







 牛乳瓶の眼鏡の男が。

 座り込んだ俺を見下しながらにやりと笑う。





 抜け出せない。

 その笑みは、やり直しから抜け出せなくなった俺を嘲笑うかのようで。





「――奴隷を、やろう」




 誰が。

 誰が奴隷なんて、欲しいと思うのか……っ!

 お前の施しなどいらん。お前からもらえるものは全て壊してやる。

 お前が俺を壊すように。お前が俺をそう思っているように。

 俺だってお前を――






「――奴隷を、やろう」



 何度目か分からないほど繰り返す、憎き相手の同音。



「――奴隷を、やろう」


 誰が――


「――奴隷を、やろう」

「――奴隷を、やろう」


 誰が。


「――奴隷を、やろう」

「――奴隷を、やろう」

「――奴隷を、やろう」

「――奴隷を、やろう」


 だれが


「――奴隷を、やろう」

「――奴隷を、やろう」

「――奴隷を、やろう」

「――奴隷を、やろう」

「――奴隷を、やろう」

「――奴隷を、やろう」


 だれ――


「――奴隷を、やろう」

「――奴隷を、やろう」

「――奴隷を、やろう」

「――奴隷を、やろう」

「――奴隷を、やろう」

「――奴隷を、やろう」

「――奴隷を、やろう」


 だ――








「――奴隷を、やろう」「――奴隷を、やろう」「――奴隷を、やろう」「――奴隷を、やろう」「――奴隷を、やろう」「――奴隷を、やろう」「――奴隷を、やろう」「――奴隷を、やろう」「――奴隷を、やろう」「――奴隷を、やろう」

「――奴隷を、やろう」「――奴隷を、やろう」「――奴隷を、やろう」「――奴隷を、やろう」「――奴隷を、やろう」「――奴隷を、やろう」「――奴隷を、やろう」「――奴隷を、やろう」「――奴隷を、やろう」「――奴隷を、やろう」

「――奴隷を、やろう」「――奴隷を、やろう」「――奴隷を、やろう」「――奴隷を、やろう」「――奴隷を、やろう」「――奴隷を、やろう」「――奴隷を、やろう」「――奴隷を、やろう」「――奴隷を、やろう」「――奴隷を、やろう」「――奴隷を、やろう」「――奴隷を、やろう」「――奴隷を、やろう」「――奴隷を、やろう」「――奴隷を、やろう」「――奴隷を、やろう」「――奴隷を、やろう」「――奴隷を、やろう」「――奴隷を、やろう」「――奴隷を、やろう」「――奴隷を、やろう」「――奴隷を、やろう」「――奴隷を、やろう」「――奴隷を、やろう」「――奴隷を、やろう」「――奴隷を、やろう」「――奴隷を、やろう」「――奴隷を、やろう」「――奴隷を、やろう」「――奴隷を、やろう」「――奴隷を、やろう」「――奴隷を、やろう」「――奴隷を、やろう」「――奴隷を、やろう」「――奴隷を、やろう」「――奴隷を、やろう」「――奴隷を、やろう」「――奴隷を、やろう」「――奴隷を、やろう」「――奴隷を、やろう」「――奴隷を、やろう」「――奴隷を、やろう」「――奴隷を、やろう」「――奴隷を、やろう」「――奴隷を、やろう」「――奴隷を、やろう」「――奴隷を、やろう」「――奴隷を、やろう」「――奴隷を、やろう」「――奴隷を、やろう」「――奴隷を、やろう」「――奴隷を、やろう」「――奴隷を、やろう」「――奴隷を、やろう」「――奴隷を、やろう」「――奴隷を、やろう」「――奴隷を、やろう」「――奴隷を、やろう」「――奴隷を、やろう」「――奴隷を、やろう」「――奴隷を、やろう」「――奴隷を、やろう」








 ……

 …………

 …………………






































「奴隷って言われても、あたいは自分を奴隷とはまだ思えてないんですけどねー」



 その中に、別の言葉が入ってきたのは、一体どれだけ繰り返した後だったのだろうか。

 もう、考えることさえ忘れ、ただただ膨れ上がる怒りのままに、抑えきれない怒りのままにその声だけを聞き続け、忌まわしいその顔を見るその時に。


 いつもとは違い。

 すっと、違う声が入ってきては、俺の目の前を遮る何かがあった。


 それは、ゆっくりと俺の顔面を柔らかく包み。

 俺の視界を、遮ってくれる。

 俺の両耳を優しく温かく包み込み、音を遮断してくれる。


「む……?」

「いや、あのですね。流石にあたいも、おじさん? みたいな方に市場で購入されたときはどれだけの好色なおじさんなのかと戦々恐々としたわけでですね?」

「む、むぅ……」

「考えてみてもらえませんかねー? これから何されるか分からないのに買われてからここまで無言で連れ回されて、やっと落ち着いたと思ったら奴隷をやろうって、なーんか同年齢っぽい、むっつりさんみたいにムスッとしたイケメンさんにあたいの意志関係なく下げ渡されるあたいの気持ちとかをですねー」


 比較的のんびりと。長々と。

 でもはっきりと。一部に厭味ったらしさを込めて。

 俺が聞きたかったその声で。

 また聞きたかったその声が。



「まー、あたい好みの旦那様でよかったですわほんと。ってなわけで、後は若いもんに任せてもらいましてですねー、ふへへっ。どこから食べてやりましょか」

「ま、まあ……ほどほどに、な?」


 妙に辿々しいあいつは、逃げるようにそそくさと去っていったようで。


「ほいほいー。適度に楽しませてもらいますんでー」


 すっと、包むこむそれらが離れていくと、俺に背を向けてひらひらと『縛の主』に手を振り適当なお別れの挨拶を済ます彼女。



「……さってとー?」



 『縛の主』が去った直後の静寂をすぐに打ち消すかのように、彼女はその正面の姿を俺に見せてくれる。



「いっくん、大丈夫? あの後死ななかった? 本当に大丈夫? 怪我してない? あ、怪我しても治っちゃうか」



 また、変わらずに声をかけてくれた。

 また、俺を呼んでくれた。


 先ほどと同じように。

 俺を優しく包み込む感触に。




 ああ……


 彼女が――チヨが。

 俺に微笑んでくれた。



 暖かくも冷たい何かが俺の両目からこぼれ、彼女がそれを優しく掬ってはあやす様に俺の頭を撫でる。


 ああ、これで俺はまた。



 チヨに、会うことができる。

 チヨを助けることができる。

 チヨに、謝る事が、できる。




 恨んでくれたままでもいい。



 だけど今は。

 少しだけ、このまま。休ませてくれ。

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