第187話:繰り返す先へ 4





 ……そうか。

 俺は夢筒縛に食われるために生きていたのか。



 覚醒した俺が最初に思ったのはそんなことだった。


 俺自身ショックを受けていたようだ。

 それはそうか。

 親だと思っていたし、育ててくれたのは間違いない。


 だが、あの状態で、あんな告白を受けて。

 それでも親だと思えると言うのは違うと思っていた。

 だけども。

 意識を取り戻して最初に浮かんだその考えは、やはり、自身がどれだけ夢筒縛のことを想っていたのか思い知る考えで。

 よく、分かってしまった。




 だけども。

 それと共に。



 あのような事を起こした夢筒縛を許せなくて。

 なにかの間違いなのではないかとか。

 深い理由があるのではないか。

 俺さえも食べるとか。



 許せない。信じられない。信じたい。


 様々な感情が、一気に押し寄せる。




 だが、それさえもおかしいとも思う。

 なぜなら、意識はすでになくなったはずだった。



 あのような状況で意識を失ったのなら、確実に俺は死んでいるだろう。


 そのうち。

 そう夢筒縛は言った。

 だが、そのうち喰う予定『だった』、であり、すぐに食さないわけではなく、裏を返せば、発言したからこそ、『今、食す』という意味でもあるのだから。


 俺は、あの時、意識を失ったあのタイミングで、自らの命を、差し出したのだろうと。


 だから。

 今、こうやって意識を持っていることがおかしい。


 ……だめだ。

 頭の中で考えがぐちゃぐちゃで。

 考えが、まとまらない。



 だけど。

 あの時、夢筒縛は、言った。

 間違うはずはない。


 俺の存在意義は。


 あの男に、

 食べられるだけなのだと。







 父親と思っていた男に殺されるために。食われるために生きてきた。

 ただの非常食ほどの価値しかない存在。


 なのに、俺はあれを。

 父親と言って慕っていたのかと思うと。




 ……笑えてくる。




 非常食から親と思われていたというのもどんな気分だったのだろうか。











「家畜を育てる生産者の気持ちじゃない?」








 そんな俺の、俺自身を蔑む考えにはっきりと答えが返ってきた。



 見えないはずの瞳で聞こえた先を見る。


 辺りは真っ白な一面。白い世界。

 ああ、俺はこんなところにいたのかと。今更ながらに気づく。


 純粋。潔白。

 穢れがない。

 まさに、その言葉が似合う、何もない世界。


 そこにいる異物。

 俺と、もう一人。


 そこにいるのは、狐のお面を被った女性だ。



 小袖の白衣に緋色の袴。

 ……巫女装束か?


「ま、もう一回、やり直してきたら? そしたら分かるかもよー」


 なんだ?

 誰だ?

 というか、あの服、普通の巫女装束と違わないか?


 こう、なんというか……

 若干、露出が高いというか……


 ……ぅうむ。

 コスプレとして考えれば、ありなのか?




 そんな、狐面の巫女装束の女性を見ながら、あの服はチヨに似合いそうだと不謹慎なことを考えてしまい――
































「――奴隷を買ってきたのだが、いるか?」



 はっと。

 まさに我に返るという表現が正しい。



「……夢筒縛?」

「なんだ。いい加減我をフルネームで呼ぶのをやめろ」


 不機嫌そうなのに、なぜか嬉しそうな表情を牛乳瓶の底の眼鏡レンズの先に見せる彼。

 その背後に不安そうに地面に座る女性。



「チヨ……?」

「およ? あたいまだ名乗ってないけど、あたいのこと知ってるの?」


 まるで初めて会ったかのような態度を見せるチヨ。

 そして、そんなやり取りをする俺を不審げに見る夢筒縛。



 俺がいるこの場所は、先ほどまで冬とスズが死んだあの場所――世界樹の最奥ではない。



「……俺の、家?」

「お前の家だが。我の家でもある。……だがまあ、お前にやろう。これとセットに、な」

「なにを、言って、いる?」

「……ん?」


 夢筒縛の表情が、更に深みを増す。


「……なあ、夢筒縛。俺を、食べてどうするんだ」

「……」

「なんで、冬を、スズを、殺した」

「……お前――」


 夢筒縛が一瞬、狼狽えるように牛乳瓶のレンズの先の瞳で俺を見つめると、


「目覚めたのか」


 にぃっと。

 見た人の不安を煽るような、歪な笑みを浮かべた。


「なるほど。ならば、これはいらんな」

「――え?」


 夢筒縛の腕が振るわれて、チヨの右肩から左脇腹にかけて『人喰い』が走る。何が起きたのか分からないままにどしゃりと床に2つの固形となって沈むチヨは、最後まで驚いた表情のままだった。


「……なに、を――?」


 なぜ、チヨを、殺した?


「なぜ、この奴隷を殺したか、そう我に聞きたそうだな」



 なんで?

 なぜ?

 どうして?

 なにを?



 また、ぐちゃぐちゃと、頭の中で答えのない考えが揺れては消える。



 やがて、俺の体全体に倦怠感とフル稼働する脳に睡魔が訪れる。


 まただ。

 眠い。

 俺の体に、何が起きているのか。


「いらんだろ。目覚めたのなら。お前が人として生きるための補助と、精神安定剤の役目に連れてきただけだ。お前が成熟すれば目覚めを早められないかと思って連れてきた優良株な奴隷だしな」


 この男は、何がしたいのか。

 俺の成熟? 俺は成人だ。どう言う意味だ?


 振るわれる腕に、脳は危険を察知して、無駄で追いつかない思考を中断する。切り替えた視線が捉えるは『人喰い』。それはすでに俺の体に到達し、切り裂いていく。



 ああ。

 この裂かれ方は、チヨと同じだ。


 裂かれてはにちゃりと粘液質な液体を溢しながらずれていく半身と、訪れる痛みに、チヨも同じ痛みを感じていなければいいがと、チヨが痛みも得ずに一瞬で命を落としていることを不謹慎ながら思う。















「あんたはも〜……」


 俺の目の前にまた現れた巫女装束の狐面は、呆れたような声で俺を迎える。



 なんなんだ。

 この女もなんなんだ。

 何が起きているんだ。



「私の服装に興味持つより、自分のことを心配なさい。あの子でもこんな最短で戻ってきてないわよ。次は悟られないように、まずは状況確認なさいな」



 いや、あんたの服装は、奇抜だなとは思うが、興味があるわけでは――













「――奴隷を、やろう」

「……」



 俺の目の前には、先程見た光景。

 今はまだ奴隷のチヨと、牛乳瓶の眼鏡が怪しく光る、夢筒縛。


「いやぁ……」


 正座させられて俺の前に座るチヨは、二つに分かれてもいなければ、まるで俺とは初対面かのように驚いてはこの状況をどうしたらいいのかと慌てているようにも見えて。


 それがより一層、俺に――



「なんなんだ……」

「いや、だから。奴隷を、だな?」

「はいはい。あたいが奴隷ですっ! あたいは万代チヨ! あたいは頑張りますぜーっ。ふへへっ。あ、でもあたい――」

「性奴隷はいらん。俺にも好みはある」

「なんですとっ!? むっつりさんなのかな、かなっ!?」



 なんなのだ。何が起きているのだ。



 そう、改めて俺に思わせるには、十分だった。




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