第188話:繰り返す先へ 5


「では、な。それは好きに使うといい」


 そんな言葉を残して夢筒縛が去り、二人だけとなったこの家。


「……えっと……旦那様のお名前はなんですかねー?」


 そんな不安そうなチヨの質問も、妙に懐かしい。

 そうだった。

 チヨとは最初、そんなやり取りをしていたんだったと思い出す。


「……千古樹だ」

「いつき……なるほど。いっくんだね。あたいは万代チヨ!」


 自身を紹介するチヨからまた不名誉な呼び名で呼ばれるのもまた懐かしくて。

 いっくんと。

 また呼んでくれるのが嬉しくて。

 だけども、目の前のチヨは、


「……お前は、俺を……」

「ん? なにかな、かな?」


 俺を覚えていないのか?

 そう、聞こうとして、言葉をやめた。



 聞かなくてもわかる。

 なぜならチヨが生きていること自体、おかしいのだから。


 先程、俺の目の前で『人喰い』によって殺されていたではないか。


「チヨ……」

「ん? お、おやおや!? あ、あたいはそういうのはしっかりと――」


 俺の護るべき女性。


「ま、まったーーーっ!」


 だから、今度はしっかりと。

 護ってみせる。


 そう思ったときには、チヨを抱きしめていた。





□■□■□■□■□■□■□■





 チヨが俺の家に来て一年。

 俺はチヨを奴隷として扱うのではなく、すぐにチヨ自身の身柄を解放した。

 具体的に言うと、文無しのチヨの代わりに俺が借金を肩代わりして解放したのだが……


 まあ、ほら。その、なんだ。

 うむ……。仕方ない。

 流石にあのよくわからない白い世界でみた狐面の巫女装束をオーダーメイドして着てもらったのはやりすぎだったとだけ言っておこう。



 支払いを済ませて綺麗な身となったチヨだが、次は俺への借金が発生してしまっていた。

 『焔帝えんてい』万代キラの一人娘であったチヨのために『焔柱工房えんちゅうこうぼう』を俺が建ててしまったからである。


「また工房で鍛冶ができるなんて思ってもなかったっ! いっくんありがとー!」


 というわけで。


 奴隷からの解放するための借金と、工房分。

 チヨが借金返済するための工房の資金を俺が払っていれば、俺に借金するのは当たり前である。

 流石に俺も、今まで使っていなかったにしても稼いだ資金を全部丸ごとなくなってしまえば返さなくていいとは言えない。


「ふへへ、頑張りますぜー。目指せ! 借金完済!」


 工房経営で活き活きとしていたチヨをまた見たかった、が俺が工房を作ろうとした理由ではあるのだが、本人もかなり乗り気ではあったのでよしとしようと思う。

 夢筒縛から俺への借金という形に変わっただけだが、奴隷という身分から解放されて、ただの借金持ちとなっただけであるのだから気持ちも変わるのだろう。


 後はゆっくりと返済してもらえばいい。

 これでチヨも、奴隷から解放されたことでのびのびとできることだろう。

 出来ることならもう一度あの服も着てもらいたいもんだ。

 なんだったら工房の制服をあれにするのも……


「いっくん? なんか変なこと考えてないかな、かな?」

「……なぜ分かった」

「いっくん。むっつりだから。って。考えてたのは否定しないのかな、かな!」



 余計な野望がだだ漏れしてしまったが、まあそこはそのうちとして。

 まずは、今この工房ができたことが第一歩。


 なのだが――


「――まあ、材料や顧客がいないから、先が知れてるがな」

「……うっ」



 奴隷解放と工房建設は、殺人許可証所持者として稼いだ資金をすべて使いきればどうということはない金額ではあった。

 俺も、客となる予定ではあるのだが、まあ、今は文無しみたいなものだ。


 すぐに一仕事しなければならなかった。が、そこは冬達が行おうとしていた仕事を何件かもらってなんとでもなった。


 特に、ちょうど冬が知り合いの女性を助けるために裏世界の殺し屋組織と癒着している病院に喧嘩をふっかけた時の依頼料が美味しかった。

 なんせ、表世界で数人の医師を暗殺するだけだったからな。

 すぐに仕事も終わって、無事知り合い――彼の三人のうち一人の恋人となる暁美保も助けることができ、冬も一気に三人の恋人を得て……。




 やはり。

 俺がまるで夢でも見ていたかのように。



 以前、俺が進んできた過去を、また歩いているかのような感覚。

 同じことが起こるのだ。

 だから、何がどこでどう起きるのか、先回りすればどうとでもなってしまう。


 そして。


「型式も……まったく同じものが使える……」


 当時の俺は、このとき、まだ型式をそこまで使えているわけではなかった。

 だが、今の俺は、冬とスズを目の前で殺されたあの時と同じように力が使うことができていた。


 やり直している。

 しかも、強くてニューゲーム、だ。


 まさに、その言葉。

 その事象が正しくぴったりと当てはまる。


「俺は……人生を、やり直すことが、できる……?」

「なあに? いっくん、ついに中二病に目覚めたのかな、かな?」

「中二病に目覚めるのは冬とお前だけで十分だ」

「ありゃ、あの人、中二病……ってあたいも!?」


 所々違うところはもちろんある。

 それこそ、俺とチヨの関係も、工房経営がある程度順調に進んでからであったので、このタイミングでそのような関係となっていたわけでもなければ、俺は以前は冬達の病院襲撃には参加していなかった。

 確かあれは、三人組――瑠璃と松、冬だけで実行していたはずだ。


「だったら……あれを止めることが、できる?」



 やり直しているのなら。

 冬とスズが、夢筒縛に殺される結果さえも、変えることができる?


「いや……まずはその前に……」


 夢筒縛が、なにをしたいのか。

 なぜ、冬やチヨは殺されて、なぜ俺やスズは食べられるのか。


 そして。

 どうして、俺はやり直しているのか。


 まずはこの辺りを、知る必要がある。


「やることはたくさんだな」

「ほぇ?……いっくん、えっちなのはいけないんじゃないかな? かなっ!」


 何を言っているのかと。

 とりあえず。まず手短に最初に済ませることができるものから先に済ませておこう。












 巫女装束のチヨを拝むことを、な。

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